しゃなり、優雅に尻尾を振って、白猫が足元を過ぎて行く。
脛に触れる天鵞絨のような滑らかな毛並みした白い尻尾を何気なく目で追いかけて、
「……?」
首を捻る。普段よく使う道の先、あるはずのない石段がある。
春先の生温いような冷たいような空気の中、ぼうやりと白い光を纏っているようなその石段を、白猫が尻尾を立てて登って行く。
数段登ったところで、猫は振り返った。
花のように鮮やかな空色した瞳をくるりと丸め、来ないの?、と問うかの如くにゃあと鳴く。
行くか行くまいか迷った挙句、そろりと一歩踏み出す。石段に爪先を掛ける。
瞬間、周囲にあったいつもの町並みが、まるで無数の蝶が飛び立つように色を変えた。見慣れた住宅街が、瞠る視界の中で左右を木立に挟まれた古びた石段と入れ替わる。石段の先には、緋色の壁と青銅屋根が目を射る見たことのない巨大な建造物。
咄嗟に後退ろうとした手を、不意に伸びてきた誰かの手が掴んだ。その場に引き留められてしまう。
「あかんよ。一歩入ってしもたらもう戻るんはあかん」
腕を掴んでいたのは、黒い髪をうなじで束ねた平凡な顔した男。寝子島温泉のとある旅館の法被を羽織ったその男は、建造物の入り口らしい観音開きの扉の上、『湯』と大きく書かれた文字を指し示す。
「見ての通り、湯屋や。せやけど、人間は客んなったらあかん」
男の示す『湯屋』の入り口、白猫に黒猫、三毛猫に鯖虎、長毛種に短毛種、さまざまな猫たちがゆったりとした足取りで入って行く。
ねこ、と呟けば、男は重々しく頷いた。
「迷い込んだ人間はここで何日か猫の世話せなならん。まあ、ここの数日は寝子島の一日や。五日も働いたら呆気のう解放されるよって安心しィ。三食つくし、寝るとこも風呂もあんじょうしとる。賃金も結構エエで」
君は、と問えば、男は日暮と名乗った。
「わしは日雇い、……ええと、なんやっけ、……せや、『ばいと』。バイトやな。ここの番頭はんから迷い込んだ人間の世話を言い使っとる」
ここはどこ、と聞く。日暮は不思議そうに笑った。
「寝子島やろ、ここ。この島ではこういうんがフツウと違うん?」
こんにちは。阿瀬 春と申します。
年の瀬ですし(?)、突如として迷い込んだ猫たちの温泉旅館で働いてみませんか。
あなたがある日突然迷い込んだのは、寝子島のどこかにある(かもしれない)、猫たちの猫たちによる猫のための保養施設です。温泉がたくさんあります、猫用客室がたくさんあります、個室温泉つきの猫用客室だってあります。
そこで数日間、使用人として猫にまみれてください。旅館に集った猫たちは、フツウの猫の姿をしています。人語を喋る猫も喋られない猫もいます。二足歩行したりもするかもしれません。猫によってはしないかもしれません。
猫たちに撫でろと催促されます。一緒に風呂に入れとねだられます。ご飯食べるのを横で見てろとか、一緒の布団で眠れとか、布団暑くなったから出ていけとか、理不尽な要求をたくさんされます。
突然不思議な場所に迷い込んでしまうのは怖いかもしれませんが、大丈夫、怖いことは何にもおきません。せいぜい突然訳もなく不機嫌になった猫に猫パンチか猫キックをぶちかまされるくらいです。
使用人用の宿泊温泉施設もきちんとあるので、猫たちの目をうまく盗めば、温泉(露天風呂や桧風呂、色々あるようです)に入ったり、使用人用の大部屋や個室でまったり話をしてみたり枕投げしてみたり、のんびりした時間を過ごすこともできるかもしれません。
※以下のNPCのみ、登場させることができます。
○日暮(ひぐれ)
あちこちでバイトをして生計を立てている、最近寝子島の住人となった男。元は別の世界の住人であったためか、寝子島の『フツウ』をこれがこの世界の日常だと思っている様子。
人間用の食堂でご飯作っていたり、大部屋の隅で昼寝していたり、番頭らしい老猫に正座の膝に乗られ何事か叱られていたり、温泉に浸かっていたり、割と好き勝手しています。
そんな感じなネコ温泉での一幕、よろしければお楽しみください。
ご参加、猫たちと温泉に浮かびつつ、お待ちしております。
ではでは、どうぞ良いお年をー!