おわりの月のはじまりに｜リアクション

おわりの月のはじまりに

　とある本屋にて——。
（俺がこっち来てもうそろそろ一年かー……いよいよ最終学年か）
　志波武道は、この春に高校三年生になる。進級は問題ないが、気にし始めているのはその後の『進学』だ。
　平積みの参考書を見ていた武道は、『一年』の文字を見つけて心臓をきゅっとさせた。
（一年ちょうはやぁい！！）
　思い返せば高校二年生は、まさに激動だった。転校から始まり様々な出来事に、アルバイトに。出会いと出来事の全てが楽しかったと片付けられない、苦い思い出もあった。
（三年になったらもっと色々ありそうだな）
　鼻から盛大に息を吐きながら、古文の参考書を手に取る。
　真っ直ぐレジへ向かう予定が、参考書コーナーに併設されているコミックコーナーでまんまと書店員の思惑通りに平積みされた新刊の前で足を止め、しかし余計なところに足を止めたお陰でもう一つ買い物を思い出した。
（あ、そうだ！　水泳のタイム記録してるノートもそろそろ新しいのにしなくちゃ。
　一時期スランプになった時は、もがきまくって、同じタイムが並ぶノート見るのもつらかったけど……）
　ノートに手を伸ばしながら、武道は笑みを漏らした。
（少しは成長できた、んだろうなきっと）

＊　＊　＊　＊　＊

　買ったばかりの参考書は、本屋のビニール袋に入れたまま鞄に仕舞い込んだ。今日はこのまま家で勉強……と言う気分ではない。
　向かったのは、アルバイト先のミルクホールだった。
「こんばんちゃーっす！」
　明るく片手を挙げると、横目に同じくアルバイトの英二が遊びに来ているのを見つけそちらにも手を振る。常連客でお馴染みの紅緒と、彼女についてきたのだろう陽毬もいた。
「珈琲お願いしまっす」
「塩と白い絵の具はおつけしますか？」
　そう言うレナート・ジュラヴリョフはあくまで接客用の笑顔のままだ。
「さっきは桜ちゃんとか、刀と同級生の女の子たちもきてたよ。皆暇なの？」
　レナートはこんな軽口を吐きながらも、まんざらでもなさそうな笑みを口の端に浮かべてカウンターへ引っ込んだ。
「今日もツンデレだ」と呟くと、一瞬目があったエリセイがウィンクしてくる。漏れた笑いを収めると、武道は参考書を取り出した。軽く目を通すだけでもしておこう。
　パラパラと頁を捲っているうち、のめり込むように読みふけってしまう。テーブルの上の珈琲が、いつ置かれたかすら気づかないくらいだった。
「ここは、こうで……ちがう、こうか……あとで見直さないと……」
　思考が無意識に出ている独り言を聞いて、カウンターの内側で双子が顔を見合わせている。

　珈琲カップが空になったのが、武道が我に帰る合図になった。
「おかわり、いる？」
　エリセイの指がカップを示すのに、「あ」と一つ声を漏らしただけで、答えを出すまで暫くかかるくらいだった。
「すっげ集中してたね。どーしたよ、期末対策？」
「期末と言うか……俺もいよいよ三年になるなら、いままでよりしっかりしていかなきゃな。上がぐだってたら後輩に示しつかないだろ」
　真面目な言葉を言い切った武道は、すぐにいつものような笑顔を見せた。「なーんてね☆」と言いながら。

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