花の名は。｜リアクション

花の名は。

無限大

「……本当、久々に外に出た気がするな」

　自宅を出てから数時間。ようやく日差しが目に染みる感覚も弱まり、夢呼・ステイシーは展覧会をまわり始めた。
　夢呼は、冬の間は寒いがために部屋にこもってばかりいた。思い返してみれば学校の休みの日など、家から一度も出ないこともあったように思う。
　たまには通学以外でも外に出ようと思い立ち、やってきた花の展覧会は、想像以上に楽しめた。
　自称ロマンチック・アレルギーな彼は、薔薇の花園なんかは見たくもないが、冬の花と夏の花のコラボレーションなんかは存外面白いものだ。そして今日は暖かい。

「とはいえ、この庭は広すぎるな……」

　十分ほど回ったところで、既に疲れ果てた夢呼は近くのベンチに腰を下ろした。

「ふぅ」

　深々と座り、身体の力を抜く。そして自然とすぐ隣の花壇を眺める形となった。

「……ん？」

　すぐ隣に咲いていたのは、一見するとカスミソウのようだった。けれど同じ株のものでも花弁の大きさがまちまちで、更にその隣を見れば、赤青黄色ピンク白……グラデーションのように立ち並んでいた。

「これ、もしかして同じ種類の花……か？」

　そう呟いた瞬間は、まさか。と思っていた。けれど説明書きにははっきり同じ品種であると明記されていた。

「スゴイな……。名前は……げっ」

『夢呼』。どこを探してもそれ以外に名前らしい記述はない。

「俺と同じ名前かよ！？」

　夢呼
　花言葉：様々な可能性
　アジサイと似たような性質を持っていて、わずかな土壌の酸性度の違いで花の色が大きく変わる

　反射的に拒否反応を示してしまったが、説明文に目を通し、よくよく考えてみるとそう悪い名前ではないような気がしてきた。

（人の名前としては、それも男の名前としてはなんてメルヘンな名前なんだよ！？　ってツッコみたい名前だけど、花の名前とかになるとちょっといい感じだな）

　羨ましいような妬ましいような複雑な思いもゼロではなかったが、それ以上に目の前の虹の景色に見入ってしまう。

（正直この名前のせいで、小さい頃から散々からかわれたし嫌な思いしかしなかったけど……こんな綺麗な花の名前だと思うと悪くない……かも……しれないな）

　立ち上がり、ゆっくりと夢呼の道を歩いてみる。イルミネーションでも見ているかのような鮮やかな景色に、小さな感動を覚えながら――

（いや、やっぱダメだ。どう考えても野郎の名前じゃねーや）

　結局、夢呼は今日もこの名前を受け入れられなかった。

「素敵な花」

　がっくりと項垂れる夢呼の耳を打ったのは、ひどく平坦な調子のそんな言葉だった。
　訝しんで振り返ってみると、そこにはまた冬に逆戻りしたのかと思うように色素の薄い――大天使天吏が立っていた。
　左目を眼帯で覆っているせいもあり、その表情は読み取りにくい。しかしそうであったとしても、あまりに無感動に見えてならなかった。
　夢呼がじっと見ていたせいで、一瞬天吏と目が合った。けれどそれに驚いたのは夢呼だけで、天吏はすぐに踵を返し歩いていってしまった。

（なんだろう……妙な言い方だったな）

「あ」

　そこには天吏が落としていったらしい、サンマストラップが落ちていた。
　夢呼が拾った方がいいよな、と悩んでいるうちに通りがかりの漆黒の女性――三宅葉月がそのストラップを拾ってしまう。

「……落としましたよ」
「ありがとう」

　虹色に並んだ花々の前に並んだ白と黒の美少女。
　きっと従姉が見たらはしゃぐだろうなと夢呼はこっそり想像する。夢呼でさえ素直に綺麗だと思うのだから。

「素敵な花ですよね。……土の質で色が変わるようだけど、この花の汁を絵の具に混ぜたらどんな可能性を見せてくれるのかしら。夢が広がるわ」

　話しかけていたはずなのに、葉月は途中から自分の世界に入り込んでしまったようだった。対して天吏は曖昧に相槌を打ち、話が終わると何事もなかったように二人はそれぞれ歩き出した。

（夢が広がる……か）

　葉月の言葉を反芻しながら、改めて自分の花を眺める。

（……この花を見たら、父さんも母さんも喜ぶだろうな）

「買えないかなコレ」
「お譲りしますわ」
「わッ」

　いつの間に隣にいたのだろうか、ルイマリがニコニコ笑みを浮かべて夢呼の手を取った。
　結果、好意で譲ってもらえたのはよかったのだが――ロマンチックな御伽噺を浴びせられ、夢呼はほうほうの体で帰路につく。

　ルイマリから譲ってもらったその花は、まだ蕾。いったいどんな花が咲くのだろうか。
　様々な可能性を想像し、夢呼は口角を緩めた。

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花の名は。

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