花の名は。｜リアクション

花の名は。

背負う名前

「まあ大変、ご挨拶が遅れましたね！　わたくし、ルイマリと申します。この花の展覧会の案内人を務めております」

　楪櫻はルイマリの挨拶を横目に、受け取った花をじっくりと見つめる。

（桜と言ってもいろいろ種類があるな……）

　女性的なその花を見て、やはり美しいとは思う。けれど少しばかり気後れしてしまうのはその花が持つ華やかさが賑やかさと紙一重だからかもしれなかった。

「どのようなお花がお好みです？　あちらにはお花畑をイメージしたスペースもありますし……」

（そうだな。私はどちらかと言えば……）

　櫻は嬉々として問いかけてくるルイマリに対し返事はせずに、ゆったりと視線を上げ辺りを見渡した。

（あのような花が好きだ）

　名前のせいではないけれど、目を引いたのはやはり桜だった。

「そうだわ！　そちらの殿方のイメージにぴったりのお花があるの」
「え？　イメージぴったり？　どんなんだろう！　明るいのかな！」
「ふふ、今ご案内しますね」

　櫻がこの空間の静けさに浸っている間に、ルイマリは志波武道に新しい花を勧めている。武道はルイマリが示す物珍しい花、それも自分にぴったりだという花に興味津々といった風だが、櫻を置いていくようなことはなかった。

「櫻ちゃんはどんな花だと思う？」
「……どうだろうな」

　武道は気軽に質問したのかもしれないが、櫻に即答することはできなかった。表層的なイメージであれば明るい花とでも言えばいいのだろうが、そんな簡単な言葉で説明できるほど櫻は彼のことを知らないわけではなかった。知っているからこそ、単純な言葉に置き換えることができない存在。
　普段はお調子者で、弟よりも背が低いことを気にしていて、面倒見のいい男だ。けれどいざというときは櫻でさえ肝を抜かれるほど真面目な顔をする。

「……逞しい花だな」

　櫻がポツリと呟くと、武道は「胸筋がすごい感じ？」と胸を強調するようなポーズを取って笑いを誘った。

「こちらですわ」

　そうして二人が話し込んでいる間に、ルイマリの言う花の元へやってきた。
　その花は剥き出しの土に一輪だけぽつねんと咲いていた。一見すると緑色の薔薇のようだが、よくよく目を凝らしてみると内側は青く、外側へ向かうにつれて黄色みを帯びていく不思議な、けれど美しい花だった。それもずいぶんと。

「その花の名は、武道といいます」
「……俺と同じ名前？」

　武道は訝しげに眉を顰め、思わず花のプレートを確認する。追って櫻もプレートへ視線を移すが、そこには確かに『武道』と記されていた。そしてそこには名前だけでなく花言葉までもきっちりと記載されている。『プライド』『虚栄心』。あまり褒められた内面ではない。

「……ほう、志波と同じ名前の花か」

　改めて花を観察しようと、櫻は花へ近づいていく。

「イッ……ッ！」

　すると突然、武道が小さな悲鳴を上げ、手を引いた。

「どうした？」

　何事かと櫻が武道の引っ込めた手を取れば、指の先にかすかに鮮血が滲んでいた。ちらりと薔薇を確認すれば、鋭い棘の先に鈍い赤がこびりついている。どうやらアレが原因らしい。
　櫻は鞄から白いハンカチを取り出し、武道に差し出した。

「大丈夫か？　これを使え」

　しかし武道は一向に受け取る様子もなく、じっと薔薇を見つめている。

（少し大げさだったか……？）

　櫻の胸に小さな不安が生まれる。けれど今更手を引っ込めることもできず、じっと武道の反応を待った。

「――――」

　ようやく武道が口を開いたそのとき、風がいたずらっぽく駆け抜けていった。乱れる髪を押さえながらも、櫻は武道を見つめ続ける。
　しばらくして風が止んでから、櫻は恐る恐るもう一度だけ声をかけてみた。

「……指が痛むのか？」
「あ、ああ。ありがとな！　さっすが櫻ちゃん☆　気が利く」

　武道は何事もなかったように笑みを浮かべ、櫻のハンカチを受け取ったのだった。

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