スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

（あら？　アタシは確か机に向かってネームを考えてた最中だったはず……うっかり寝落ちしてアシくん達に運ばれたのかしら？）

　工藤来夢が、うっかり寝落ちしてしまうということは、それほど珍しいことでもない。漫画家という職業柄、不規則な生活や続く徹夜も、もはや日常だ。あるいは来夢のついついこだわり過ぎてしまう性格も関係しているかもしれないが。しかし目が覚めても身体が動かなくなるほど、無自覚に自分を追い込んだ経験はなかった。

（……どうもおかしいわね）

　首を傾げることもできなかった。身体も軽いような重いような不思議な感覚がある。一体何が起こったのだろうと思案していると、自然と手がそばにあった漫画に伸びていった。視界に入り込んだ手は明らかに子どものもので、すぐに来夢はこの身体が自分のものではないことに気がついた。けれど来夢はすでに驚いたり戸惑ったりはしない。すっかり現状を面白がっていて、今は彼が手に取る漫画に興味津々だった。

（あ！）

　ベッドの端に積まれた漫画の中から、彼が手に取ったのは現在週刊ニャンプ連載中の来夢の漫画の第1巻だった。

（アタシの単行本を手に取るとは感心ね！）

　彼は漫画を最初のページから順番に読み進めていく。あまりにじっくりと読み進めていて、彼の幸福感が伝わってくるためしばらく気が付かなかったが、その本はところどころ傷んでいていた。

『……わ、こんなところにも、こんな描き込みがあったんだ』

　一瞬中古で買ったものかもしれないと思ったものの、彼は初見とは思えないほど細かく来夢の漫画を読み込んでいてくれた。

（こんなの……うれしくなっちゃうじゃない！）

　少年が感じる幸福感と相まって、来夢の胸は張り裂けそうなほど満ちていた。一通り読み終わると、少年はベッドに備え付けられているテーブルを引っ張り出して、手紙を書き始めた。読んではいけないのかもしれない……などと良心が咎めることもなく、来夢は目の前の拙い文字を温かい気持ちで追いかけた。

"くどーせんせーの漫画とてもおもしろいです、これからも楽しみにしてます"

　その後は、どこがどう面白かったかを単純に列挙していく感想文は、本当に素直で愛にあふれている。

（あらあら、シンプルだけどうれしいこと書いてくれてるじゃないの……。この子、本当にアタシの漫画が好きなのねぇ……）

　何度も何度も少年の手紙を繰り返し読む。それでも感動の涙は出なかった。それはきっと借り物の身体でないとしても同じことだろう。来夢の胸に宿るのは、ただただ熱意ばかり。早く描きたい、描かなければ、という熱情ばかりが込み上げる。頑張ろう、もっと頑張ろうと強く思ううちに、来夢の意識は遠ざかる。

「ふぁーあ……いけない寝ちゃってたわ……」

　来夢は身体をうんと伸ばして、身体の凝りをほぐす。

「いけない！　ネームネーム！」

　そして遅れを取り戻すべく、黙々と作業に取り掛かった。

（ふふ、なんか気分がのってきてるし今ならいいネームが浮かびそうね！）

　サラサラと筆を進める彼女は、夢の中での出来事を鮮明には覚えていなかった。何かいい夢を見たような気がする程度の感覚しかなかった。

（ファンのみんなが待ってくれてるから全力で頑張るわよ！）

　気合を表すかのように、来夢は栄養ドリンクを一気飲みした。胃が熱を持つ。同時に、どうしてなのか胸にも強い熱がこみ上げてきた。生まれた情熱を、すべて漫画に落とし込むべく、ドリンクを飲み終わるとすぐに、来夢は原稿に向き合った。