スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

　公園は残念ながら、静かとは言い難い環境だった。遊び回る少年少女、初々しい学生カップル、微笑ましい家族連れ。今の風楽礼子にとっては、ナイフよりも刺さるものばかりだ。耐えきれずに、礼子は目を閉じ、耳をふさぐ。けれど無理やり遮断したことで、かえって心の傷が浮き彫りになってしまった。目頭がじんわりと熱を持つ。

　礼子は、今日知った。いつの間にか彼氏と別れていたらしいことを。

　遠距離恋愛中の彼氏のSNSを確認したら、彼女と別れたという文字が飛び込んできた。礼子はすぐさま何かの間違いだと思い、彼氏に連絡をしたが、何度電話をしても彼は電話にさえ出てくれなかった。

（……帰ろう）

　重い腰を上げようと顔を上げたそのとき、向かいのベンチに掛ける男性――アケーチ・タッマーキと目が合った。艷やかな黒髪から覗く左目は怪しげな色を称えており、妙な色香を放っている。傷だらけの胸が、殊勝にもトクンと甘く疼いた。その場に縫い付けられたように動けなくなった礼子に、アケーチはにっこりと微笑みかけ、近づいてきた。

「おや、お美しいお嬢様。涙を零す姿も美しく絵になりますが……貴女はきっと、笑顔こそ最高に似合うことでしょう、ふふ……！」

　アケーチは優雅な仕草で懐から瞳と同じ菫色のハンカチを取り出し、礼子に差し出した。美貌に見惚れていただけに礼子は戸惑いを隠せなかった。彼の笑い方も振る舞いも、洗練されてはいるものの、なんとも言い難い独特な雰囲気があったから余計に。

（……少し風変りな人だけれど、でも今は誰かと話せるだけで気が紛れるわ）

　礼子は精一杯の笑みを浮かべて、ハンカチを受け取った。

「ありがとう、ございます」

　恐る恐るハンカチで涙を拭うも、ドロドロに溶けたアイメイクがハンカチに黒いシミを作ってしまう。

「す、すみません。ハンカチ、洗って返しますから……」

　慌てて謝罪する礼子に対しても、アケーチは余裕たっぷりの笑みを浮かべたままだ。

「お嬢様、もしよかったらお化粧直しさせていただけませんか？」

　呆気にとられる礼子をよそに、男は鞄を開き、色とりどりの仕事道具を取り出した。

「私、アーティストなのです」

　礼子はお嬢様などと呼ばれたことはなく、むず痒くてたまらなかった。けれど悪い気はしない。普段なら気にするすっぴんを見られることへの抵抗もなかった。

「せっかくだから、お願いしてもいいですか？」
「喜んで承ります、お嬢様。それではさっそく目を閉じていただいても？」

　彼に言われるがまま、礼子は目を閉じる。するとクレンジング剤を染み込ませたひんやりとしたコットンが、優しく顔を拭っていった。その後、もたらされるものすべてが優しく、筆が肌をなぞるたびに、胸のしこりがほどけていくようだった。

「完成です」

　目を開けると、すぐに鏡が差し出される。映った姿は、先程泣いていたとは思えないほど、穏やかで涼し気な礼子だった。

「どうでしょう、このメイクは」
「……素敵」

　わずかな未練など、すっかりと洗い流された。

（……次の、恋、探そう……）

「ここへ更に貴女の笑顔が加われば最強です、ふふ……！」

　礼子は、今度こそ心からアケーチに笑いかける。

　目覚めたアケーチは、なぜ急にこんな夢を見たのだろうと首を傾げた。しかし夢を見たその日、偶然、古書喫茶へ入っていく彼女の姿を見かけた。不思議なこともあるものだと思いながらも、不用意に彼女に声を掛けたりはしなかった。

（元気そうでよかったです、ふふ……）

　彼女の幸福を願いながら、アケーチは今日も怪しげな笑みを浮かべる。