スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

　瑞々しい青葉の並木道を見据えた夢賀梨子は、1年後の自分の姿に想像を巡らす。来年の今頃は、ここの生徒になる。妄想の中で制服を着てみても、この校門をくぐっても、特別な感慨はなかった。寝子島中学の生徒のほとんどは、寝子島高校へ進む。進学する際に、何がしたいから、何になりたいから……というような大層な理由はない。みんなが行くから、私も行く。梨子にとって、高校はそういうものでしかなかった。それでもわざわざ1人で足を運んだ理由も、単純だ。部活動もしていないし、受験勉強にも飽きた。暇を持て余した結果、来年の準備のつもりで足を運んだ。

　受付を済ませると、案内係の後ろをついて、校内を見て回ることになった。しかし、大きな感動はない。心が動かないことに対して幻滅することさえ、ない。やはりという気持ちが大きかった。一通り校内をまわった後、梨子は校庭へ案内された。校庭ではサッカー部や陸上部が練習をしている。案内役が簡潔に説明をしようとしたそのとき、校内放送が掛かり、案内役の名が呼ばれる。

「少し、見学していてくれる？」

　頷く以外に選択肢はない。案内役は梨子が返事をすると同時に、背を向け、走り去っていった。1人残された梨子は、特に深く考えずに校庭に視線を投げる。先輩たちは、慌ただしく動き回っていた。その中で目についたのは、眩しいライムグリーンのTシャツを着たほっそりとした体躯の選手だった。すらりと背が高く、涼し気なショートヘアのため、遠目から見ていると、一瞬男性と見間違えた。しかしほっそりとした腰つきと、無駄な脂肪がないにも関わらず、まろやかな曲線を描く四肢は、その選手が女性であることを示していた。

　駆け、踏ん張り、蹴飛ばし、飛ぶ。その一連の動作を、彼女は何度も繰り返した。梨子の目には十二分に美しく感じる姿だったが、彼女自身はまるで納得できていないというように、飛ぶたびに重苦しく首を振った。助走の仕方を変え、踏み込みの位置を変え、試行錯誤は続く。いつの間にか案内役は、梨子の隣に戻ってきていた。けれど梨子は、無心で彼女の姿を追った。案内役も、梨子に何も言わなかった。

　それから何度飛んだだろうか。梨子は、前髪が額にぴっちりと張り付くほど汗をかいていた。飛び続けている彼女は、当然濡れそぼっている。汗をまとい、肩で息をしながら、それでも彼女はしなやかな足を大きく上げ、白線の間を駆けた。肩で風を切ったかと思った次の瞬間、グッと踏ん張って大地を蹴飛ばし、彼女は高く高く飛翔した。青空に溶け込むような美しい姿を見た梨子は、まるで自分が飛翔したかのような陶酔感に浸っていた。背中をしならせ、弧を描き、かと思えば、ふわりと落ちていく。着地の瞬間、梨子は現実に引き戻される。

（私……寝子島高校に入りたい）

　現実を直視する梨子の瞳は、幼子のように輝いていた。

　わんわんと騒がしい蝉時雨で、椎井莉鳥の意識が浮上する。汗で身体がベタつく。それなのに、何故か頬がもどがしい。くすぐったいような、むず痒いような、なんともすわりが悪い。慣れ親しんだ不愉快さとは別の感情が、莉鳥の全身を包んでいる。

（何か夢を見たような気がする……）

　そのせいだろうかと頭をひねるが、どうしたって夢の内容を思い出すことはできなかった。莉鳥は不思議に思いながら、朝練のための準備を始める。

　家を出ると、まだひんやりとした清々しい朝の空気が、莉鳥の肌をなでた。すでに頬には違和感は残っておらず、ただ心地いいばかり。今日も頑張ろうという気持ちが湧いてくる。学校に向かう途中で、陸上部の後輩の姿が見えた。声をかけようと口を開きかけるが、すぐに目覚めのときと同じむず痒い感覚が蘇ってきたため、莉鳥は考えるのをやめた。違和感の理由など考えようとも思わない。莉鳥は目の前の少女から視線をそらす。その先には、胸をすく美しい青空が広がっていた。

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