泥沼から這い出るように重たい足取りで、彼はベッドへと向かっていた。膝は震え、まるで力が入っていない。いつその場に倒れ込んでもおかしくはなかった。それでも階下から響く姦しい笑い声から逃げるべく、彼は懸命に歩みを進める。ようやく目的地へ辿り着いたと思うやいなや、彼はベッドの上へ身体を投げ出した。
「……ふぅ」
ゆるやかに体内に溜まった空気を吐き出す。呼吸に合わせて、こわばった身体が緩んでいく。手入れを欠いた布団はけっして極上の柔らかさとはいえないが、それでもようやく掴み取った休息を実感するには十分だ。青年は目をつむり、まどろみに身を委ねた。そのまま安らかに眠ってしまえたらよかったのだが、思うように睡魔は訪れない。代わりに脳裏をよぎるのは明日からのことだ。
(……学校なんて、いきたくないのにな)
月曜日の訪れを憂鬱に思う日本人は多いだろう。それでも彼は自分ほど億劫に思う人間はそう多くないと信じていた。明日だけでなく、明後日も明々後日も学校なんて行きたくない。だからといって毎日が日曜日だったらいいのにとも思えないところが、彼は不幸だった。酪農家の子どもに『休日』なんてものありはしない。平日だって土日だって、家にいる限りは働かされる。馬車馬だって休みくらい貰えるのに、彼の待遇はそれ以下だ。
気持ちを切り替えるために青年はスマートフォンに手を伸ばした。しかし、覗き込んだ暗い画面に映る姿に、一層気持ちは深く沈み込む。ゴツゴツとした頬骨に、顎を覆う青い跡。同年代の青年たちと比べても勇ましく男臭い顔立ちも、健康的に焼けた素肌も気に入らない。女になりたいとは言わない。けれどせめて柔らかいフリルや、繊細なレースが似合う姿形でありたかったと願う青年にとって、目の前に突きつけられた現実はあまりに残酷だった。
青年はそれ以上考え込むことはやめ、スマートフォンの電源をつけた。ブラウザを立ち上げると、動画再生ページが表示される。青年は迷わず再生ボタンに指先を押し当てた。
メルヘンチックなオルゴール・ミュージックに合わせて現れたのは、怪しげな天使の人形。青年の青ひげなんて目ではないほどの濃厚な顎ひげ。眉毛に、目に、表情にファッション……何をとっても、見た人間に強い衝撃を与えること間違いなしの、恐ろしげな姿をしている。それにもかかわらず、その人形を目にした瞬間、青年の目は初恋に溺れるかのようにうっとりと甘く蕩けた。
「……ゴキゲンヨウ。今宵も迷えるワンコたちを、このビーナスが導いてあげるわ」
見た目に違わない、野太い声が響く。
「でも駄犬を甘やかすほど、アタシは甘くないわよ!」
青年の心臓が大きく高鳴った。しかし彼の動揺など知るはずもない天使は、ドンドンと話を進めていく。天使の設定はブレブレだった。自分のことを天使と言ったりビーナスと言ったりアフロディーテ言ったり。とにかく綺麗どころは全部自分だと言わんばかりの調子で話し続けている。けれどそれさえも彼にとっては幸福の蜜でしかない。
異様な空気の放送が15分ほど続いたところで、青年は興奮を抑えきれず、感嘆の声を漏らした。
「くぅ~、エルアモールはやっぱり最高だなっ!」
美の天使・エルアモールは寄せられた悩み相談をバッサバッサと切り捨て、セクハラ発言を繰り返し、自由気ままに話し続けているだけだった。
(エルアモールは僕のことなんて知らないんだろうけど……毎日頑張れるのはエルアモールのおかげなんだ)
「今回の動画はここまでヨ! 次の配信まで、『待て』だからネ!」
「はい、エルアモール!!」
青年は疲れも忘れ、幸せそうに天使の命令に応える。その瞬間、部屋は静けさに包まれた。いつの間にか、階下で騒いでいた家族も寝てしまったようだった。
(これで見逃した動画は見終わったから、次は今日の分を……あれ? まだ更新されてないみたいだ)
青年はがっくりと肩を落とす。けれど諦めて眠ろうにも、いまだ覚めやらぬ興奮が睡眠を阻んだ。
(今日はUPしないのかな? ……もう少しだけ、待ってみよう)
***
「あら、うたた寝していたみたいね……」
フジコ(
富士山 権蔵)は、知らず知らずのうちに自室のデスクにうつ伏せになって眠ってしまっていた。気まぐれでヴァーチャル・ミューチューバーとして活動を始めてからというもの、寝不足が続いてしまっているからだろう。フジコはこのまま今日は寝てしまおうかとも思った。けれどふと目の前のパソコンを見て、フジコは思い直す。画面は動画を編集している途中だった。
(さっきのは、夢だったのよネ?)
フジコは妙にリアルな夢に戸惑いを隠せない。自分との共通点も多くあったとはいえ、ただの『見ず知らずの青年が自分の上げた動画を見ている夢』と言うには、彼が置かれた状況や彼の抱えた感情が妙にリアルに感じられた。
(不思議な夢だったわ。でも、本当にあんなふうにアタシの放送を楽しんでくれている人がいるんだとしたら……)
フジコは手を組み合わせ、頭上でうんと伸ばして背中の筋肉をほぐす。パキパキと小気味いい音が静やかな暗闇に響く。
「……もうひと頑張りしないとネっ!」
そうしてこの晩も人知れず、フジコは編集作業に没頭したのだった。
概要
ある日あなたは『あなたによって人生を変えられた誰か』の夢を見ます。
その誰かはあなたの全然知らない人かもしれないし、知り合いかもしれません。
また、その夢が本当のことなのか、あなたの深層心理が生み出したまやかしなのかはわかりません。
これは神魂が引き起こした不思議な夢の物語です。
注意事項
※PCとして登録しているキャラクターの夢を見る場合は、必ず一緒に参加してGAを組んでください。
※原則として、登録済みNPCならびに過去シナリオに登場した非登録NPCを登場させることはできません。
※ガイド本文に登場したフジコ(富士山 権蔵)も夢には登場しませんが、現実世界で絡むことは可能です。
描写可能な範囲
・夢の中
―天気、場所、季節など自由に設定可能。過去、現在、未来など時間軸もご自由に。
・夢から覚めた後
―不思議な夢を見たことで、急に誰かに会いたくなったり、物思いに耽ったり……
現実世界での描写を行います。
※両方を描写することも可能です。ただし、その場合は必ずどの描写を重点的に行うのかを記載してください。
詳細は下記の【アクションの書き方】をご参照ください。
描写方法
夢の中での視点を【PC】【誰か】のいずれかの形で指定してください。
夢の中の描写をほとんど行わない場合。あるいはどちらでもいい場合は、指定がなくても問題ありません。
・PC視点
―【誰か】の感覚や感情を、PCが共有する形で夢の中の描写を進めます。
例:【誰か:青年】が映画を見て、感動して涙する。
【PC:フジコ】はまったくその映画を面白いと思えないが、
感動する気持ちはひしひしと伝わってくる。
・誰か視点
―【誰か】の視点で夢の中の描写を進めます。PCの感覚や感情の描写は夢の中では行いません。
例:ガイド本文はこちらの書き方になっております。
アクションの書き方
◎夢:夢の中がメインの場合
◎覚:目覚めた後がメインの場合
◎両:両方をバランスよく描写してほしい場合
◎有:夢の中で自分の意識がある場合(夢の中でもPC視点で描写する場合)
◎無:夢の中で自分の意識がない場合(誰かの視点で描写する場合)
※詳細は下記の【サンプルアクション】をご参照ください。
※使わなくても問題ありませんが、文字数節約のためにご活用ください。
お願い
◎『キャラクター自身の言葉』で『行動』を書いてください。
できる限り、キャラクターの口調でアクションを書いていただけると助かります。
その方がキャラクターのイメージが掴みやすく、キャラクターの性格をリアクションに反映させやすくなります。
また実際に口に出す言葉は「」で囲んでください。
それ以外は基本的に心の中で思っていることと判断します。
ただし会話の流れ次第では声に出す可能性もあります。
絶対に口に出して欲しくない言葉は()で囲んでください。
◎アイテムの活用を推奨しております。
重要なアイテム・ペット・普段身に付けているもの等の描写をご希望の場合は、
アイテム登録をした上でアクション上に【アイテム『名前orアイテムNO.』】の記載を
推奨しております。
ご協力のほどよろしくお願いいたします。
マスターより
はじめまして、あるいはご無沙汰しております。つるこ。(つるこ・まるこ)と申します。
久しぶりの「らっかみ!」で緊張しておりますが、エルアモールのご加護のお陰でなんとか頑張れそうです。
ガイドをご覧になった皆様にも、参加くださる皆様にもエルアモールのご加護がありますよう、お祈り申し上げます。