スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

　病院は宮祀智瑜にとって見慣れた場所だった。けれどその日はいつもと違う景色に見えた。違和感の正体がわからないでいると「ももちゃん」と知り合いの少女の名前を呼ぶ声がした。その声には聞き覚えはあった。けれど智瑜は驚かずにはいられない。振り返るとそこには"宮祀智瑜"が立っていた。

　驚きのあまり声も出ない、足も動かない――と智瑜は思ったが、実際には身体は勝手に目の前の智瑜に駆け寄っていた。すると、目の前の智瑜も嬉しそうに近づいてきて、足を折り、目線を合わせてから、智瑜の頭を撫でてきた。違和感の正体が、目線の違いであることに気がつくと同時に、智瑜は自分が誰の身体の中に入り込んでいるのかを理解する。

（私は今、ももちゃんになってるみたい……）

　不思議に思う智瑜の中に、『嬉しい……！』という強い感情が流れ込んでくる。直に伝わってくる喜びに、智瑜はひっそりと安堵した。

　智瑜とももとの出会いは本当に偶然だった。彼女は、智瑜が足繁くお見舞いに通っていた少女の隣の病室に入院していたが、その少女ともも自身には大きな接点はなかった。けれど彼女のお見舞いのたびに顔を合わせるため、智瑜の方から声を掛け、次第に話すようになっていった。

「ももちゃん、今日はね、ももちゃんにお土産があるんだけど……」

　目の前の智瑜の言葉に、ももの心臓は大きく跳ねる。期待で頬が熱くなる少女を、智瑜はたまらなく愛しく思う。

「じゃーん、はい」

　智瑜がももに差し出したのは、ももの飼い猫をモチーフにしてつくったぬいぐるみだ。姉妹のように育った飼い猫に会えないことが、つらいと涙するもものために、智瑜は彼女の母から写真を借りて、ひっそりと仕上げたのだった。

「わぁ……！！　すずだ！」

　言葉にならないももの歓喜が、あますことなく智瑜へ伝わってくる。

（……ももちゃん、こんなに喜んでいてくれたんですね）

「この子と一緒に、手術も頑張ってね」
「うんっ！」
「ももちゃんなら大丈夫！」
「うんっ！　おねえちゃん、ありがとう！」

　ももは勢いよく、智瑜に抱きつき、智瑜もまたももを優しく抱き寄せ、頭をなでた。これ以上ないくらい満ち足りた気持ちだった。

「……いいなぁ」

　その言葉を耳にした途端、景色は途切れ、智瑜はパチリと目を覚ました。いつの間にか待合室でうたた寝していたらしいことに気がつくと、智瑜は慌てて辺りを見渡した。幸いにも人影はなく、ホッと胸をなでおろす。

（それよりも、早くいかないと）

　智瑜は荷物を持ち、ももの病室へと向かった。病室に入ると、母親に寄り添われているももの姿が目に入る。

「おねえちゃん！」

　先日手術を終えたばかりということもあり、笑顔にも少し疲れが見えるが、出会った頃に比べればずいぶんと顔色がよくなっている。元気な姿に安堵して、智瑜はももの母親に軽く挨拶をしてから、少女ににっこりと微笑みかけた。

「ももちゃん、本当に頑張ったね」

　声を掛けると、ももは誇らしげに手術の日の勇姿を語ってくれた。

「あのね。それでね。おねえちゃん、すずがね、夢に出てきたんだよ！　これって絶対おねえちゃんの作ってくれたすずのお陰だよ」

　無邪気に語るすずの可愛さに、思わず頭を撫でる。ももはくすぐったそうに肩をすくめながらも、喜んでいるようだった。一通り話を終えると、智瑜はチラリと隣のベッドに視線を移す。ももの病室は4人部屋だ。そして隣には、小学校低学年くらいの少年が入院していた。智瑜は用意した紙袋から、彼の好きな漫画のキャラクターを模したぬいぐるみを取り出した。通常のぬいぐるみとは違うため、苦戦したものの――照れくさそうに笑う彼を見ると、作ってきてよかったと心から思えたのだった。