スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

　末の弟、シーナ・キュクノスは目の中に入れても痛くないほど可愛い。そう感じているのは彼だけでなく、彼の弟たちも同じだった。耳の上の羽を撫でると、くすぐったそうに身をよじるくせに、それでももっとしてほしいとねだるようにすり寄ってくる。年の離れた、守るべき大切な存在。兄弟4人いるものの、シーナ以外の全員が同じように思っていた。

（……本当に、ずっと守ろうと思ってたんだ）

　もしかすると、もっと厳しく育てたほうが弟のためなのかもしれないと考えたことも一度や二度ではない。稀有な力を持つ一族に生まれたための苦労は、身にしみているから。わかってはいても、彼はシーナを守りたかった。できれば、今この時も。こんな言葉を掛けずに、自分の腕に抱いて、大切に守り通したかった。唯一の願いを押し殺し、彼は精一杯強がって、シーナの手を放した。シーナは訳がわからないというように首を傾げる。その姿さえ、愛しく、すでに後悔してしまっている。それでも彼はシーナに笑顔を向け――突き放した。

「シーナ、お前は先に行くんだ、俺達はあとで追いかけるから」

　目の前のシーナの顔が歪む。どれほど繕ったところで、聡いシーナは彼がしようとしていることが理解できてしまう。

"シーナを守りながら驚異を退けることはできない"
"もうシーナを守ることはできない"

　シーナは、賢いために、駄々をこねることもできないようだった。可愛い可哀想な弟を今すぐ掻き抱いてやりたい衝動に駆られる。

「大丈夫……」

　伸ばした手で、シーナを抱きしめることはせず、いつものように小さな羽を撫でる。そして弟の身体を反転させて、か細い背中をトンと押してやった。シーナは何も言わずに駆けていく。

（それでいい……）

　ホッと胸をなでおろす。しかしいつまでも安堵してもいられない。シーナの後ろ姿がすっかり見えなくなってから、残る2人の弟たちに問いかけた。

「追い付けると思うか？」
「大兄は、シーナを放って置けるの？　シーナが一人で生きていくなんて認められるの？」
「……そのうちどこの馬の骨とも知れないヤツと結婚とかするんですよ」

　2人の弟は、彼を慰めるどころか、溜め込んだ鬱憤を容赦なく口にした。

「それは……腹立たしいな」

　彼とて、シーナの未来を想像すると怒りがこみ上げてくる。誰かと添い遂げるというのならば、その相手を殴りたくなる。

「この後、シーナをたぶらかすどこぞの骨を一緒に殴りにでもいきましょうか？」
「お、それいいな」

　これからやろうとしていることを感じさせない軽い口調で、彼らの会話は進む。おそらく、殴りに行くどころか、自分たちに"この後"などないということは誰もが察している。この場を去ったシーナでさえも。緊急事態にも関わらず、彼らの父の姿が見えないことが、何よりの証拠だった。

（だから、せめてあの子が逃げれる時間を稼ぐんだ）

　声に出さずとも、皆気持ちは同じだった。

（どうか……何が起こっても復讐なんて考えないでほしい。結婚をしたって構わない。この先もあの笑顔のままで……）

「シーナ、どうか幸せで」

　胸がきゅうきゅうと締め付けられ、シーナは目を覚ました。夢とは思えない生々しい感情が、シーナの中に確かにあった。

「兄、様……」

　シーナのつぶらな瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。　

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

　何について謝っているのか、シーナ自身もわからない。あの時、どうすれば正解だったのか、今でもまるでわからない。

（兄様……愛してくれてありがとう……）

　心からの感謝を捧げながら、シーナは疲れて再び眠りにつくまで、泣き続けた。