スポットライトを脇役に！｜リアクション

スポットライトを脇役に！

「音子～、なんか届いたわよ～」

　その言葉を聞いて、惚田音子の心臓は大きく飛び跳ねた。今の時期に音子に届く荷物など、心当たりは1つしかない。

「薬局？　まさか音子、変な薬でも買ったんじゃないでしょうね！」

　音子は首をかしげる母親から、慌てて荷物をひったくった。

「違うから！　これ、美容にいいチョコレートなの！」

　母親の目の色が変わる。これにも音子は焦らずにいられない。

「……お小遣いで買ったんだから、ママにはあげないよ」
「効果があったら、教えてね」

　音子は返事をせずに、二階の自室へ飛び込んだ。効果があろうがなかろうか、絶対に絶対教えられない。なぜならこれは、天神平薬局というお店の通販で買った惚れ薬入りチョコレートだからだ。

　音子は、扉の外に誰もいないことをしっかりと確認して、自室の施錠をしてから、ひっそりと細心の注意を払って包装紙を開く。包まれていた箱の蓋を開くと、中から現れたのは、艶々と黒光りするハート型のチョコレートだった。このチョコレートの正体を知っているからこそ、怪しく見えるが、一見するとふつうのチョコレートだ。

（これを、彼にプレゼントすれば……）

　ギュッと目をつむると放課後に校庭を駆ける彼の姿が、音子の脳裏に浮かんだ。剥き出しになった筋肉、健康的に焼けた素肌、努力を示す眩い汗。陸上部の中では、決して優秀な方ではない。それでも、腐った顔ひとつせずに、毎日明るい彼のことがずっと好きだった。

（……駆くん）

　音子はゆっくりとまぶたを開くと、覚悟を決めて、製作者である天神平庵の写真入りの説明書に手を伸ばした。

"使用上の注意：お相手からあなたに抱かれる好意が単なる薬の効果に過ぎなくても構わないと本気でお考えの場合のみ、このチョコレートをお使いください。なお、返品は受け付けておりませんが、自分で食べる分には惚れ薬は効果を発動しません"

　音子から、血の気が引いていく。指先が痛むほど、体温を失った。

（そうだ……この惚れ薬チョコが本物だったとして、彼が私に振り向いてくれても、それは本当に私を好きになってくれたからじゃないんだ……！）

　音子は自分の気持ちを改めて確認する。

（彼が、好き。でも私が好きなのは、今の彼。……もし薬のせいで気持ちを変えてしまうことになったら、今の彼じゃなくなっちゃう。そんなの、嫌だ）

　目の前のチョコレートがたまらなく恐ろしいものに見えて、音子はそっと蓋を閉めた。

（でも……）

　音子は箱をじっと見据えるが、箱は何も答えてはくれなかった。

　翌日、音子は屋上で彼の到着を待っていた。その手には、可愛く梱包されたチョコレートの箱がしっかりと握られている。

「……惚田、用事って」

　彼の様子から、音子は何かを察しているだろうことを理解する。

「これ……食べてほしいの」

　音子はチョコレートを手渡す。彼は一瞬戸惑いながらも、チョコレートを受け取ると、乱雑に包装を開けて、中身を口の中に放り込んだ。

「苦い、な」

　言葉通り、彼の表情は苦く歪む。音子はこくんと頷いた。

「苦いの、好きだって言ってたから。昨日、頑張って作ったんだ。駆くんのこと、好きだから」
「俺もだよ」

　即答とも言える彼の反応に、音子の顔がほころぶ。

「だから、付き合おう――音子ちゃん」

　結局、音子は惚れ薬入りチョコレートを彼に渡さなかった。

（ありがとう、薬屋さん。あのチョコのおかげで、自分の力で告白する勇気が出ました。1つだけ疑問なのは、あのチョコが本当に本物の惚れ薬か、ってことだけど……まぁいっか）

　帰宅後、間違いが起きないように音子は惚れ薬のチョコレートをすべて綺麗さっぱり食べてしまう。特に身体の異変もなく、当然実験する気もないため、チョコレートの効能はわからず終いとなった。

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