おひなさまのないしょ話｜リアクション

おひなさまのないしょ話

○お姉さまの話を

　暁桜逢莉は、おしゃべりを始めた雛人形を目を丸くして見つめ、それからぱあっと顔を輝かせた。
（お雛さまがたがおしゃべりするとは前代未聞、けれどもこれは古往今来のお話を聞くチャンスです！）
「まあああ、喋々喃々としたお声はあなたたちだったのですね！　さっそく中から出してさしあげましょう」
　逢莉は４年生ながらハイペースなマイペース。すらすらと言葉を紡ぎ、おしゃべりで雛人形たちに遅れは取らなかった。
『やっと出られましたわ。ありがとうあいりさん』　
「どういたしまして三人官女さん。今は並べませんが、どのお姿がどなたかはばっちりです！」
　雛段に並べるのはおばあさまと一緒の楽しみにとっておくとして、手元に揃えておくほうが話を聞くには便利そうだ。
「さてみなさま、出てそうそうでありますがお聞きしたいことがあります！」
『なんだね？』
　尋ねる右大臣に逢莉は答えた。
「お姉さまの小さいころをごぞんじですか？　どんな子だったのですか？」
　雛人形は最初逢莉の姉へ買われたものだった。
　逢莉が生まれて二人のものになったが、姉は小学生の時両親と共に事故で亡くなってしまったのだ。
「質問ぜめにしてしまいそうですが、どうかお許しください！　普段はちょっと聞きづらいんです！」
　明るい声ではあったが、逢莉の眼差しは真剣だった。
『……そうですわね、あなたはまだ小さかったから、あまりお姉さんのことを覚えてらっしゃらないのね』
　真ん中の三人官女が優しく言った。
『そうねえ……私たちはあなた方をずっと見ていましたわ。お姉さまはあなたよりおっとり穏やかで、ハープと読書が趣味でしたわね』
　柄杓を持った三人官女が言う。
「なるほど」
　頷く逢莉に、お雛様が口を開いた。
『けれど逢莉さま同様物怖じしないところもおありでした』
「うわさ通りの和顔愛語……と思ったら外柔内剛でもありましたか！　読書はシュクジョらしさのポイントでしょうか？　参考になります！」
　身を乗り出す逢莉。
『確かにそんなところもおありだった……亡くなられる直前の雛祭りは、出来心で逢莉さまと二人でこっそり飾り付けし、優しい笑顔で私たちや逢莉さまを見ていらしたっけ』
　お内裏様が、しみじみとした口調で言った。
「……まあ、最後のひな祭り。そういえば小さいころ、二人だけでおひな様を飾りました」
　忘れていた出来事が、鮮やかに逢莉の脳裏に浮かびあがってきた。
　まだ小さかった自分はおひな様に夢中だったけれど、そんな自分を見つめていたお姉さまの眼差しが蘇ってくる。　
　それはとても優しく暖かだった。
「あのときのワクワクは、なつかしくて、ちょっとさみしいですね……」
『私たちはお姉さまの成長を願って作られたものだのに、御役目を果たせずに申し訳なかった』
　悲しみを湛えたお内裏様の言葉に、逢莉ははっとして目を上げた。
「いいえ、そんな風におっしゃらないでください。お姉さまたちのことは残念ですが、でも、逢莉が悲しんでいてはお姉さまも悲しみます。ですから……」
　そこへ、おばあさまの足音が聞こえてきた。ひとであるおばあさまにはお雛様たちの声は聞こえないのではないか。なんだかそんな気がした。
「おひな様がた、今年はわたくしのハープもお聞きください！」
『どれだけ上手になられたか、楽しみに聞かせていただきますよ』
　五人囃子が明るく言った。
　おひな様たちにウィンクすると、逢莉はおばあさまの元へ向かうのだった。

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