おひなさまのないしょ話｜リアクション

おひなさまのないしょ話

○雛人形展にて

　土曜日、八神修は本土の某美術館を訪れていた。
　新館の開館セレモニーに招かれた代議士である父は都合がつかず、代わりに行って来いと修を送りだした。
　セレモニー後、修は特別展も見ることにした。
（新幹線も余裕があるし珍しい物も見れそうだしな）
　季節にふさわしく、特別展は雛人形展だった。
　修は歴史や文化に触れるのが好きだ。
　公家に始まる雛文化、その歴史と伝播を頭の中で反芻しながら鑑賞する。
　蒔絵や螺鈿等の技巧を凝らした極小の工芸品である雛道具や、金糸銀糸の細密で豪奢な衣装、人形のふっくらと白い光沢のある面。どれも見応えがあった。
（フィギュアで名高い日本のミニチュア文化の系譜だな）
　物を作る・育てる行為を重んじ、生む人を尊敬する修は、時代を超えた価値に感嘆し魅入った。
（この女雛、あおいに似ているな）
　ふと雛人形の顔に思い人の面影を重ねてしまう。
（あおいはどんな雛を飾るんだろう）
　などと思っていると。
『あら、よく見れば殿方なのですね』
　と、すぐ近くで声が聞こえた。
　辺りに人影はない。
（神魂……歓迎すべき現象だ）
　修はすぐに雛人形の声であることを察し、礼節をもって対話を始めた。
「あなた方はどの武将の持ち物……いや、主はどんな姫君なのですか」　
　話しかけてから、来歴は説明板に表示されていることを思い出し、人形たちが直接接したであろう姫君について質問を切り替えた。
『我らの主は美しく才気溢れる方です……そう、主はどこに行かれてしまったのでしょう』
　お雛様は寂しげに言った。
『姫よ、主はもういない。あれから長き年月が流れたのだ』
　内裏様が言う。
『そう、確かに長い歳月が過ぎました。主がいないのは致し方ありますまい。けれど主の子孫たちはどこにいるのですか』　
　お雛様は恨めし気に内裏様に言う。
「主の末裔なら、実業家として活躍していますよ。ここの館長もされているとか」
　先ほどのセレモニーでの姿を思い出しながら修は話す。
　忙しい身ではゆっくり雛人形を愛でる時間もないことだろう。
「明治に移る時代の記憶や、戦争の記憶はありますか」
　修の問いに、
『我らは箱の中で人たちの声を聞いていた。しかしそれは途切れ途切れで、長い長い年月の中、ねずみに怯えて暮らす我らにはほとんど意味をなさず泡沫と消えた』
　内裏様は言うのだった。
『それでも私たちは、変わらぬ女子たちの憧れや愛情を糧にこの命を長らえております』
　三人官女が声を上げた。
『愛ででくれる姫君がやっとおいでになったと思ったのに、殿方でしたか。麗しい面をされているのに……』
　別の官女が言う。
「申し訳ない。そうだよな。美術品として生まれたわけではないものな……」
　修は持参したタブレットを開き、せめてもの慰めになるかと現代の雛人形を検索して見せた。
『これはうつくしきものにございますね……』
　女雛たちはため息をついて画像に見入っていた。

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