【epilogue】

　黒影の少女の言葉の真意はよくわからなかった。
　だが、ひとまず城から黒い鈴の危難が去ったことは間違いのない事実であるようだった。

「なんとか……上手くいった……みたいだ……な……」
　消えた黒い鈴と黒影の少女を見届けた獅子目 悠月は、その瞬間、糸の切れたあやつり人形のように倒れそうになった。
「悠月っ！」
　と、ロベルト・エメリヤノフが慌ててそんな悠月を支えた。
「……もう僕にだって甘えていいのに」
　すでに気を失っている悠月を見て、ロベルトが優しげな苦笑を見せる。
「まったくだよ。もっと頼ってって、こないだちゃんと言ったのにな～」
　オルカ・ヴィヴァルディもまた気を失った悠月の髪を撫でながら、苦笑まじりにそんなことを言った。
　そんな三人を――とりわけロベルトの優しげな横顔を、来島 アカリはひどく複雑な気分で見つめていた。
（……やっぱり先輩は悠月のことが）
　それを思うと、胸が苦しくなる自分にアカリは気づかずにいられなくなるのだった。


　フランチェスカのまわりにも、雨崎 荒太郎や新田 亮、恵御納 夏朝、それに上下 左右といった面々が集まっていた。
「フランチェスカさん、お怪我はありませんでしたか？」
「どこか痛むところとかないでがんす？」
　亮と荒太郎が心配顔でそう訊ねる。
「……ええ。怪我はまったく。ですが……」
　フランチェスカは首を振りつつ、そこで言葉を濁す。
「……私、気になりますわ。さっきの黒い女の子が言っていた言葉……」
　左右がフランの言葉を代弁するように言った。
「……僕も。あの影、フランチェスカさんを『始末できるチャンス』って言ってた。ちょっと穏やかじゃないと思う」
　夏朝が真剣な表情で、そう付け加える。
　どうやら、黒い影の魔の手はすでに解放された階層のアステリズムの手にも再び伸び始めているようだった。
　
　　＊　＊　＊

　その頃。城下町。クレイグ・ドナハの鍛冶工房。
「へー。ト・ゲトーゲのクツワってこんな感じなのね。私も一つ欲しいなぁ」
　椿 美咲紀は一仕事終えた常闇 月と一緒に、鍛冶工房で扱っている様々な商品を物色してまわっていた。
「ええ。クツワといい、鞍といい、どれも一級品であるように感じます。ナイフなども取り扱っているようですね」　
　美咲紀の言葉に、月も言葉こそ淡々としているものの、真剣な表情で作品を見つめている。
「ハサミとか、ナイフとか、日常生活用の刃物もここで揃えられないかしら？」
「いいかもしれませんね。あるいは今後の戦いに備えて、ダガーなどの注文する必要も出てくるかもしれません」
　そう呟いた月は、あるいは城で起きた黒影の少女の出現を第六感で感じていたのかもしれない。
　そして、八神 修は工房の奥で、クレイグと今後の交渉を進めていた。
「貴方を優秀な信念のある鍛冶師と見込んで頼む。ねこよろずで貴方の武器を扱わせてくれ。それからオーダーメイドの武器・防具の注文も頼みたい。貴方なら、俺達の星の力をより効率良く引き出せるような、そんな武具が作れるはずだ」
「……俺は自分の気に入った奴にしか武器は打たん。防具も同様だ。だが、あんた達になら打ってやってもいい」
「本当か……！」
「ああ。だが、条件がある。武器や防具が欲しけりゃ、俺の眼鏡に適う材料を注文者が自分で持ってこい。そうすりゃ、素材とそいつの情熱いかんで、武具を打ってやってもいい」
「充分だ。感謝するよ、ドナハ氏」
　そして、修とクレイグはがっちりと握手した。
　こうして、彼らは様々な階層から武器素材を集めることで、オーダーメイド武器・防具を注文できるルートを確保したことになる。

　　＊　＊　＊

　黒い影の脅威は確実に迫っている。
　だが、そんな脅威など及ばぬところで、ごく普通の日常を送っている者達もいる。
「ふー。やっぱり若いおなごに作ってもらったミルクは最高じゃわい」
　ジュリアーノ・バッジョもまた、そんな日常を生きる者の一人だった。
「そうですか。喜んでもらえて何よりです」
　と、微笑むのは薄野 五月だった。
　五月は、ジュリアーノのために、水上 桜とマリリン・ダイナマイトとともに大量の金を稼いで、その金でおいしいミルクをつくり、ジュリアーノに呑ませてあげたところであった。
「しかし、赤ちゃんの姿で９００年以上生きるって大変そうですね。ちょっと抱っこしてもいいですか？」
　五月はジュリアーノの許可を得て、９００歳越えの赤子の身体をそっと抱き上げてみる。
　よしよし、とあやしてやれば、ジュリアーノは年甲斐もなく嬉しそうに笑った。
　それを見て、
（やっぱり「もれいび」と「ほしびと」はいい関係を築けそうですね）
　という気持ちを五月は新たにしたのであった。



　　＊　＊　＊

　その少し離れた場所で、水上 桜は「orz」のポーズで頭を抱えていた。
「もう、サクラちゃんたら、いったいどうしたのぉ♪　悩みがあるなら、お姉さんに相談してみなさい？」
「あんたのせいで悩んでるでしょうがっ！？」
　他人事のように言ってくるマリリン・ダイナマイトに、桜は思わず声を荒らげていた。
「……私、ホント、何やってたんだろう。赤ん坊のためとはいえ、街のど真ん中で水着で飲み物を売るなんて……。しかもビキニで。しかもビキニで」
　桜は本気で頭を抱えていた。
　思春期の少女にとって、初ビキニはわりと切実な問題であった。
「似合ってたからいいじゃなーい♪　ま、私の方がいい女だけどねー♪」
「～～～～～～っ！？」
　ちょっと本気でクロスボウをぶちこんでやろうと思った、そんな水上 桜１５歳の迷走するある一日の出来事であった。