雪に松明、夜空に花火、宇奈月温泉雪祭り｜リアクション

雪に松明、夜空に花火、宇奈月温泉雪祭り

■羽生碧南の場合
　赤いアーチ状の鉄橋が渓谷に渡されている。
　そこを列車が通過していく様は宇奈月の風景観光の中でも指折りと言われ、たとえ旅館が駅から見て逆方向だっとしても一度は見ておきたい風景である。
　やや離れた場所に渡された橋の遊歩道から、羽生碧南はぼんやり橋を眺めていた。
　一級河川の、それもダムによって制御された直下のエリアである。その緩やかさと清らかさはそう簡単に見られるものではない。
　富山県にはこうした大型ダム施設が複数あり、水の豊かさが文字通りあふれんばかりである。
　……以上、碧南の一口雑学コーナーである。
　乙女ゲーから学ぶ女、羽生碧南。浅く広く大体のことは知っていた。
「けど、実際に見ると空気感がすごい」
　橋と川だけでこうなのだ。温泉に行ってお祭りに浸ったらどうなってしまうのだろう。
　碧南はなんだかとろんとした旅情緒を胸に抱き、予約していた温泉宿へと歩き出した。

　駅から宿まではゆっくり歩いて十分弱。その途中も、右手に青々とした黒部渓谷の絶景を眺めていられるし、小道に入れば文化財かってくらい古びた木造の和菓子屋さんがあるという、都会っ子からすれば地味に見所の多い町である。
　そも、川沿いに伸びた半径二百メートルの楕円形に大体のものがすっぽり収まったこじんまりとしたコミュニティである。
　ちょっと歩いて回るだけで映画の世界に迷い込んだ気分になれた。
「あっと、フラフラしてたら遅れちゃう。急がないと」
　旅行鞄を持ち直し、碧南はスマホ片手に旅館へと急いだ。

　ホテル桃源郷は温泉街の中でもやや端のほうにある大型旅館の一つだ。まあ端といっても端から端まで徒歩十分のコミュニティなので気にならないし、むしろ側面がすぐに川と山という立地が非常によろしい旅館である。
　部屋の光景についてはまた後で語るとして……。
「まずは温泉だよね。折角温泉旅館に来たんだし」
　碧南はてきぱきと支度をして浴衣に着替えると早速温泉へと直行した。

　タオルを持って温泉の部屋へと踏み入れ、碧南は思わず『わあ』と呟いた。
　古い温泉宿でありながら、部屋はどこか先進的な造りをしていた。
　つま先から入ってみると、やんわりと暖かい。
　一度室内で暖まってから露天風呂へ入ってみるとこれがまた豊かな風景である。
　よく温泉には広大な絶景ありきと思われそうなところだが、むしろこちらはこぢんまりとしていて、よく整えられた日本庭園の趣があった。
　ここまで雰囲気が豊かだとスイッチが入ってしまうのが碧南という女である。
　暖かいお湯と綺麗な空気に包まれ、乙女ゲーのワンシーンがフラッシュバックした。
　ああ、すぐそこに二次元の彼氏が見える。
　この後思いっきりのぼせたのは、言うまでも無い。

　暫く休んだ碧南は、座敷に運ばれた料理にぱちんと手を合わせた。
　昨今こういう旅館は減ったそうだが、やはり温泉旅館といえばこれである。ちなみにレストラン形式も選択できるが、一人旅ならとことん一人で楽しむのもよかろうものだ。
　女性にはちょっと多すぎるような料理を、細い身体にするする入れていく。
　スポーティーで元々よく食べる碧南ではあるが、ここのご飯は何杯でもいけるきがした。
　さて、もう一休みしたらお祭りの時間だ。
　満腹感にまどろみながら、碧南はいつものスイッチをオンにした。

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