雪に松明、夜空に花火、宇奈月温泉雪祭り｜リアクション

雪に松明、夜空に花火、宇奈月温泉雪祭り

■浅葱あやめと金井秀敏の場合
「眼鏡がないと、ほとんど見えないので……」
　温泉用に用意された曇りどめ加工の眼鏡に取り替えた浅葱あやめが、いいわけのように呟いた。
　はっとしてまばたきをする金井秀敏。
「さすが眼鏡屋さん。そんな眼鏡あるんですね」
「珍しくも、ないですよ。おもしろくも……」
「いや、全然珍しいですって」
　ここはホテル桃源郷の脱衣所である。
　脱衣所で交わす会話には人となりが出ると言うが、二人の場合は一回り大きく出たようだ。
　あやめは自らの視界を遮るように前髪をつまんで引くような仕草をして、風呂場へと歩いて行った。
　がらりと引き戸をあけて風呂場へ入ると、ほんのりとした薬草と湯気の香り。
　岩風呂はそのごつごつとした作りと相まって、柱や壁が妙に丸みを帯びていてアクセントのきいた造りになっている。
　しずしずと湯船につかるあやめに気づいて、暫く部屋のつくりを眺めていた秀敏も湯船につかった。
　よく都会の銭湯を利用する人には珍しい文化形態なのだが、この辺の人にとって湯船は先に入るもので、身体を流すのはその後だったりする。
　というのもお湯は溜めておくものじゃなく豪勢にガンガン流し続けるものなので、誰がどういうタイミングで入ろうと気にならないのだ。
　まあこのお湯、無限に地下から沸いてるしね。
　だもんで、お湯の温かさは常に一定に保たれ、身体は急速に温められていく。
　秀敏も普段のお風呂と違って湯あたりしやすいことに、あやめのぼんやりとした横顔が赤くなったことでやっと気づいたほどである。
「あやめさんあやめさん、そろそろ上がった方がいいですよ」
「……そう、ですね」

　温泉を堪能して身体がほぐれた二人は、適度に荷物をまとめて祭りの様子を眺めていた。
　見知ったようなそうでないような、寝子島から来たであろう人々の顔も見える。
　例えば羽生碧南が見えない誰かをうっとり眺めながら雪像コンテストの列を歩いているし、八神修や椿美咲紀が雪の積もった家々を珍しそうに眺めては写真に納めている。
　彼らのような人は珍しくなく、今回のキャンペーンで訪れた客たちは宇奈月の風土を楽しみながら祭り出店が並ぶ浅い雪道を歩いている。
　祭りや花火というと夏のイメージが強いが、おなじみの祭り屋台を照り返す雪道独特の反射光は幻想的な気分を呼び起こさせる。
　手帳を開いてなにやら書き付けるあやめ。
「雪の、温泉街を舞台にした話も、いいかと思いまして」
「殺人事件ですか！　やっぱり！」
　温泉街と殺人が結びつくのはなんというか、実にサスペンス劇場である。
　うーん見てみたい、などと呟きながら歩く秀敏の目に、鍋を配る屋台がとまった。
「あっ、あやめさん。よかったら、こう……」
　言い方を考える間に、秀敏のお腹が音をたてた。
　微笑以下の笑みを浮かべて、あやめは屋台へと歩き出した。
「一人で食べるのも、寂しいので」
　寒空で食べる鍋というのは、なかなかに乙なものだ。
　身体が芯から温まるようなほんわかした気持ちになってため息をつけば、眼鏡を曇らせながら苦労するあやめにまた心を温めたりもする。
　一緒にというのが、なるほど暖まる鍵なのやもしれぬ。

　やがて秀敏たちは松明を手に、ほんのり暗い町を歩いて行く。
　列を作ってぞろぞろと歩く列の中にいると、自分が巨大な火の一部になったかのような錯覚をおぼえた。
　雪道で身体は冷えている筈なのに、無数の松明のせいでむしろ暖かい。
　頭に近い位置に炎があるせいだろうか。それともゆらめく火を眺めているからだろうか。
　ぼんやりとした気持ちになってくる。
　あやめの顔を見ると、眼鏡にうつる炎の列にぼんやりと眦を下げていた。
　目が合う。
　二人は暖かく微笑んで、星の深い空を見上げた。
　ああ、花火が上がる。

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