カンゴクブレイク　～罪人がれ野火がごとく～｜リアクション

カンゴクブレイク　～罪人がれ野火がごとく～

■熱のゆくえ
　その監房は異様な空気に支配されていた。
　看守の通る扉に背をつけて外の様子をうかがう者。
　中をうかがう際に壁になれるようにわざわざ立ち話をする者。
　その奥で、ピンセット片手に作業をする男――アダム・スメルディン。
　牛乳パックを器用にクラフトしていく彼の手の中で、今まさに小規模な爆発物が完成しようとしている。
　立ち話中の男が小さく振り返って、アラビア語で問いかけた。
『同志、準備は』
「…………」
　アダムは黙って作業を続けている。
　近づく足音を察知したらしい扉側の男が、小声で合図を出してくる。
　アダムはクラフト中のパックを背中に隠し、立ち話をしていた男は急に過激な口調でアダムを責め始めた。
　足音は扉の前で止まり、腕が一本通る程度の小さなスライド窓を開いて中を覗き込む。
　この房を担当している看守だ。
「なんの騒ぎだ。静にしろ。懲罰房へ行きたいのか」
「……すみません」
　男が大人しくなったのを確認して、舌打ちしながら窓をしめようとする看守。
　そんな折、アダムがぽつりと呟いた。
　なんと言ったのか分からずに手を止める看守。
「なんだ？　今、なんと言った？」
『地獄にようこそ』
　看守がアダムのアラビア語を理解することは一生なかった。
　なぜ一生などと言い切れるのか？
　今この瞬間に、彼の人生が終わったからである。
　ドン、という破壊音と共にドアノブが破壊され、錠が開く。と同時にドアを蹴り飛ばしたアダムによって看守は顔を掴まれ、後頭部を壁に打ち付けられた。
　手から透明な炎を放つアダム。
　類焼した大気やホコリが赤く燃え上がり、看守はといえば電子レンジにかけすぎたジャガイモのように顔がチリチリに焼け焦げていた。
　ずるずると壁をこすって倒れる看守。
「あら、先に外へ出てしまったんですの？　せっかちな方ですわね」
　向かいの部屋から声がする。
　アダムが顔を向けると、扉の錠が勝手に解かれ、扉がひとりでに開いていった。
　杖をつきつき、ゆっくりと部屋から歩みでる上下左右。
「さあ今ですわ。世界を悪に染めてくださいな！」
　左右は杖を大きく掲げ、先端を地面へと打ち付けた。

　夢を見ていた。
　天涯のついた大きなベッドに半裸の美少年を並べ、ワイングラスをゆっくりと傾ける。
　伏せよと述べれば伏せ、交われと述べれば交わる、まるでよく躾けた犬のような少年たちを眺めながら、自分はまどろむように目を瞑る。
　少しばかり昔の、記憶を振り返るような夢だ。
　グラスの中身が睡眠薬であると知ったのは、この監獄で目を覚ました時だった。
　そう、今のように。
「……夢、かあ」
　身体を起こし、周囲を見回す響タルト。
　一人でチェス遊びをしていた屋敷野梢が、彼女を見て口の端をつり上げた。
「おはようございます。随分楽しそうでしたけど、いい夢だったんですか？」
「悪い夢だよ。すごく」
　ふうん、と他人事のように相づちをうつ梢。
　キングの駒をクイーンで蹴倒すと、ストンとボードに突き立てた。
「売春屋さんには不愉快な過去が盛りだくさんってことですか」
「麻薬王サマは愉快な過去がいっぱいなのかな？」
　駒をへし折らんほどの力で握り、ぎろりとタルトをにらむ梢。
　タルトも対抗するように彼女をにらみ付けた。
　だというのに、二人ともにっこりと笑い合っている。
「あなたなんかと手を組むんじゃあなかったですねえ。今からでも切り捨てましょうか？」
「別にいいよ？　ボクはボクだけでも簡単に抜けられるんだから。ボクは楽をしたいだけ。そっちは？」
「私だって、あなたが必要なわけじゃあないんですよ。あなたは保険です」
「それはボクも同じ」
　ガチャン。
　一触即発の空気が、扉の音でかき消された。
　突如として解錠した房の扉が、まるで二人を招くように開いていく。
「話は後にしましょうか」
「同感☆」

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