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「漫画の中だけだと思ってた……」
　まじまじと鏡の中の自分を見ながら、南條夢姫は呟いた。
　鏡の向こう側にいるのは、男になった自分だ。
　いわゆる、トランスセクシュアル。驚くよりも、まず自分がまるで物語のような体験をしているという興奮が先に立った。
　目立つようなぱっと見た外見の変化と言えば、身長の割に大きく育った胸がなくなっただけで体型はそこまで変わったわけではないが、それでも細かいところでは少し筋肉質っぽくなっていたりとしっかり男の子になっている。
「え、夢？　どうしよう……」
　言葉こそ困惑するようなそれだが、ここで言う夢姫の「どうしよう」とは直後に「どんな服を着よう」という服装的な意味合いが続くに違いない。事実、その目は自室のクローゼットに収められたボーイッシュ系やいわゆるゴスパン風の服の間を右往左往している。
「夢でも夢じゃなくても、こんなこと楽しまないと損だよね♪」
　鼻歌でも歌い出しそうなほど前向きに、夢姫はクローゼットから服を選び取る。黒いジャケットに白い男物のシャツに、黒のインナー。男の子っぽい、ちょっとカッコイイ感じを重視したファッションだ。
「あとはこれとこれで。あ、これも付けて……。っと、こんな感じでいいかな☆」
　黒い布のチョーカーとドッグタグのアクセサリーを付けて、まだ長い髪をひとたばねにして完成。鏡を覗き込めばそこにいるのは少し中性的な男の子だ。

「さぁて、色々回って楽しんじゃおうかな♪」
　この格好なら普段はちょっと行くのに躊躇うような場所でも行けそうな気がした。
　待ってなんかいられないとばかりに逸る気持ちを胸に出かけに行く。
「どうせなら普段一人じゃいけないところに行ってみたいなぁ」　
　ぶらりぶらりと星ヶ丘を歩きながら、考える。レストランとかみたいに単純に一人じゃいけないところではなく、女の子一人じゃ行きにくいような場所。何かあったかと首を傾げて、思い付いた。
　星ヶ丘駅から電車に乗って十数分程度。寝子島駅で降りた夢姫が向かう先は、ゲームセンターだった。
　人見知りな夢姫らしく、ちらりと店内の人の数を確認してから入る。そこはやはり、性別が変わっても夢姫は夢姫なのだろう。
　人が多いエリアを避けつつ夢姫が向かう先はいわゆる音ゲーの多い区画。その中でも大きな筐体――ステージユニットという舞台のような足場を備えた、リズムに合わせてダンスを踊るように足元のパネルを踏んでいくゲームだ。
「よぅし、おもいっきり楽しんじゃおうね♪」
　コインを入れて、メニューから楽曲を決めるとスピーカーから音楽が流れてくる。身体全体で拍子を取るようにリズムに合わせて、身軽に、軽快にパネルを踏んでいく。
「久しぶりでも結構イケるじゃん！」
　普段ならスカートの下にスパッツを穿いたりして楽しんだりもできるが、何しろ激しく動くものだからスカートが気になるのももちろん、胸がとにかく痛くなる。夢姫にとって高嶺の花とは言わないまでも、きっと手の出しにくいものだっただろう。
　店内に暖房が効いていることを良いことに、動きにくいとばかりに上着を脱いで、次々と流れてくる矢印のマークに合わせてパネルを踏んでいく。
「フィニッシュ！」
　曲の終わりを示すサウンドエフェクトと共に、決めポーズ。目の前には“CLEARED”と画面いっぱいに映し出されたアーケードがあった。
「スコアも悪くない悪くない。良いね良いね♪」
　リザルト画面が表示されて、満足気に頷く夢姫。一緒に消費カロリー量も映し出されたのは、ちょっと苦笑いだが。
「男の子も悪くないじゃん」
　笑いながら、筐体に再びコインを投入する。
　この時間は夢かもしれないけれど、それでもめいっぱい楽しむ。
「楽しんだもん勝ちってね☆」