２！２！２！｜リアクション

２！２！２！

　寝子島高校は星ヶ丘寮のある一室で。
「にゃぁ……ふ」
　欠伸をした唇から漏れた自分の声——、否、鳴き声に、市橋誉は跳ね起きて鏡の前に滑り込んだ。
（猫になった！？）
　自分でも意味不明な台詞だが、声の代わりに出た猫の鳴き声、鏡に映る姿、そして床面についた４つの肉球が全てを説明している。
　誉は、猫になったのだ。それも彼が大好きなスコティッシュフォールドにそっくりの、黒く長い毛に折れ耳の猫に。
　誉は興奮で瞳孔が開いた金色の瞳で、愛玩に特化したような丸みを帯びた身体をくまなく観察する。
（何て可愛いんだ……！）

　その内鏡を見つめる誉の顔は、蕩けるような笑みになっていた。
　ああ、触りたい。撫でたり抱いたり、フニフニの肉球に触れてみたい。欲求が感嘆となって喉から鳴き声になって出たが、よくよく考えてみればこの『可愛い猫ちゃん』が自分自身なのだから、どれもこれも不可能だ。
（だいたい俺は、己に対して可愛いとか何考えてるんだ）
　弾む気持ちと冷静な考えが擦りあわず、考えるほどに大混乱してしまう。

　それでも人間——この場合は猫の方が正しいだろうか——、慣れれば慣れるもので、時計の針が考えるには十分進んだ頃合いになると、誉は動き出していた。
（もしかしたら、俺と同じような目に遭っている人が他にも居るかもしれない）
　これは理屈で導き出した方で、もう一方は犬猫が大好きな誉らしい閃きによるものだ。

　猫なら、犬と会話出来るかもしれない。
　通常の人間姿では出来ない、動物同士のみのコミュニケーションが取れるのでは？

　そう頭に浮かぶや、誉は寮の自室を出て『ミルクホール』を目指しだしたのである。ミルクホールの看板犬、賢いポンチクなら、何かを分かってくれるかもしれない。
（それに折角の猫ライフ、満喫するしかないじゃないか……！）

(ΦωΦ)　＊　(ΦωΦ)　＊　(ΦωΦ)

　さて、そのポンチクはと言えば、既にミルクホールを出発してしまっている。
「日本橋君——！」

　ポンチクと一緒に振り返った日本橋泉は、佐藤英二が駆け寄ってくるのを見て足を止めた。英二は息を整えながら、猫になって姿を晦ませたイリヤ・ジュラヴリョフについて話し出す。
「バイトの入り時間はまだ余裕あるから、僕も先輩たちに代わってイリヤ君を一緒に探すよ」
　下心など一切ないボランティア精神は、彼の生来の生真面目さと義理堅さからだろうが、泉の目には幾分『上機嫌』が混ざって見えた。いつだかイリヤが——何処で漏れた情報かは知らないが——、「英二さんがシーサイドタウンでデートしてたんだって」と珍しく噂話を持ち出してきたのを思い出す。

「ドウモ。有難う御座います」
　発音からぎこちない事この上ない礼を述べた泉は、こちらをじっと見つめているポンチクのリードを引いた。忠実な犬は気紛れな飼い主と違い、泉の歩調に合わせつつも周囲に気を配っているようだ。
「エリ先輩の言う通り、闇雲に歩き回るのより、ポンチクを頼りにした方が良さそうだ」
　英二はイリヤの事を——、そしてイリヤを心配する双子の兄たちを思って眉を下げる。　
「勝手の違う猫のボディだから、迷ったり、交通事故に遭ったりする場合も有り得ると思うよ。
　自分で戻ってくる可能性もあるけど、出来る限り急いで探そう」

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