音色『　』色｜リアクション

音色『　』色

　生白い菊の花束を墓標に添えた回田はつなは目を伏せ、合掌する。この寒気の中、旧市街の自宅から寝子島の中でも山深いひと気のない墓地へ歩いてきたためか、彼女の指先は蝋燭のように白く冷たく変色していた。今も容赦のなく墓と墓の間を風が吹き抜け、腰まで伸びたはつなの黒髪を解き、散らした。
　はつなが対面しているのは、中学に上る前に病のために亡くなった母のものだ。亡くなってから日が浅いというには長く、だからといって十五のはつなが昔と語るには短すぎた。その微妙な月日の流れと、生前の母に対する思いとが相まって、はつなの胸中では複雑な思いが渦巻いていた。
　墓標に向かうことしばらく。豊かな睫毛を瞬かせ、はつなはニッコリと目を開ける。

「よ～し。次はトトの所だね～」

　すぐに帰路に着くことなく、はつなは人形の如く整った笑みを貼り付けると別の墓標の前へと移動した。
　先ほどの母のものと比べると小さな、質素な墓の前で静かに手を合わせる。

「あのね～私この間写真館で写真を撮って貰ったんだ～。この写真、どっちが私かわかる～？」

　先ほどとは打って変わって、はつなは饒舌に近況を語り始めた。

「バレンタインにはね～、友達の家でブラウニーを作ったんだよ。それで友達っていうのはなんと男の子なんだよ～！」

　はつなが嬉々とした調子で報告をする相手は、彼女が本土の高校に通っている際に訃報が入った愛犬・トトクリスだった。父が姉妹だと言って贈ってくれた、元気一杯の女の子。はつなも、本当の妹のように大切に接していた。

「ね、覚えてる～？」

　はつなは近況報告に一区切りがついたところで、思い出話を口にした。

「散歩してた雪の日～、あんまり寒いからでたらめに歌ってたら、トトが合いの手みたいに、ワン！　って吠えてくれたの」

　はつなは紫水晶の瞳を細め、目一杯酸素を身体へ取り込んだ。そして―――

♪トトー　トトー　お散歩だいすき

　明るい声色で、昔よく歌ったでたらめな歌を口ずさんだ。
　でたらめだったはずなのに、この歌は途中で引っかかることはなく、スラスラとはつなの口から滑り落ちる。
　幼い頃は調子外れもいいところだったが、今では拍手が貰える程度には上手く歌える。満面の笑みを湛え、はつねは楽しげに高音を空へと響かせた。
　つと、冷たい感触がはつなの頬に触れる。
　驚いて紫玉の瞳を見開くと、鈍色の墓地一帯を蛍のような柔らかい雪あかりが照らしていた。
　幻想的な光景を瞳に映しながら、薄く微笑む。その瞬間に眦に涙が溢れ、堰を切ったようにボロボロとこぼれ落ちた。

（大丈夫だよ～）

　それでも笑みは絶えず、崩れず、湛えたまま。

（私、分かったの。だって、トトリクスは～お空じゃなくて、此処にいるもん。そうでしょ？）

　はつなの問いかけに答えるように――あるいは感情が溢れ出したのだろうか。雪々の隙間を縫うように、はつなのろっこんが喚び出した花が舞い上がった。白いまんまるのピンポン菊の花だ。
　差し出したほっそりとした両掌に、まあるい花と雪の結晶が収まった。微笑んだままその花達をじっと見据えてから、瞬いた。
　結晶が、絡みつくような感触に変わっている。花を自前の袋に片してから、改めて結晶を観察してみれば。

「飴……？」

　不思議そうに首を傾げたのは束の間、すぐさま元の笑顔を貼り付け、舌を伸ばして飴を頬張る。口腔内に広がる甘ったるい飴をじっくりと味わい、はつなはコクリと喉を鳴らした。

　その後、再びはつなは歌を歌い、それが終えると何事もなかったように花を集めて、帰り支度を始める。
　すべての花を回収し終えたその時さえ、はつなは笑顔を作ったままだった。