Nekojima Nyantasy ～晴雲の章～｜リアクション

Nekojima Nyantasy ～晴雲の章～

■チャプター１：王国の陥落
　王国歴２５４０年。
　人類は魔の脅威に晒されていた。
　炎を上げる村々を、ワイバーンとゴブリンの群れが空へ陸へ駆けていく。
　人々は無慈悲に殺され、家畜は焼かれ、井戸は毒されていく。
　鉄壁の守りを誇っていた城も、今や陥落寸前だった。
「魔王の幹部たちだ。まさか、こんな戦力を投入してくるなんて」
　国の誇る魔術師たちが炎や氷を吹き付ける中を、八神修は平然と歩いて行く。
　彼を覆う球状の空間が周囲から隔絶され、あらゆる攻撃から彼を守っているのだ。
「どうして愚かさを繰り返すんだ、人類は」
　手を翳し。左から右へと払うように振る。それだけで魔術師たちは一瞬にして消し飛ばされていく。
　城壁の上から矢を放つ兵士たち。
　椿美咲紀は雨のように降り注ぐ矢をジグザグに回避しながら、矢筒から大量の矢をいっぺんに抜き、弓につがえて放った。
　光の尾を引き、兵士たちへと突き刺さる矢。
「な、なんだこれは……ち、力が吸い取られていく……！」
　矢の刺さった兵士たちはみるみるミイラのようにひからび、吸収された力は美咲紀のもとへと集まっていく。彼女が手を翳せば、傷ついた魔物たちが息を吹き返し再び兵士に襲いかかっていく。
　彼らの足下で閉じられた城門も限界だ。
　外側からの衝撃に耐えかね、今にも壊れそうなのだ。
　だがそれが、たった一人の魔物……尾鎌蛇那伊によって成されたと知って、門内の兵士たちは恐怖のあまりへたり込んだ。
「向かってくる兵士はいないのか。つまらん……つまらんぞ！」
　拳を直接叩き付け、城壁すらも破壊していく。
　一方で、城から撤退をはかろうとしていた王族たちもまた窮地に陥っていた。
　旅鴉月詠がゆっくりと、王族の馬車へと歩み寄っているからだ。
　むろんそればかりではない。彼女の周囲には大小無数のゴーレムが付き従い、城の兵に匹敵するだけの規模ができあがっていたのだ。
「悪いけど、身ぐるみ全部置いていってもらうよ。悪いけど、これも仕事だからねー」
　そんな幹部たちを、高い空から浮遊して見つめる者がいた。
　添木牡丹。魔王フィングストローズである。
「もろいものね、人間の城というのは」

「ついにこの国にも魔王の手が伸びたか……」
　家の窓から炎を見た男は、妻と子へと振り返る。
　妻は頷き、子を床の下へと隠していた。
「いいね、絶対に声を上げるんじゃないよ」
　言われた子供は、恐怖を飲み込むように頷いた。
　床板を閉じたそのすぐ後、家の壁が吹き飛ぶ音がした。
　立ち向かおうとして殺される父の声。命乞いをするも殺される母の声。
　そして全ての人間の声が消えた時、子供は床板の隙間からそれを見た。
「……」
　いかめしい銀狼の鎧を纏った魔物、蛇那伊。
　彼と目が合った。
　そして彼はにやりと笑い、きびすを返して去って行った。
　この日、名も無き少年に三つのものが刻まれた。
　恐怖と。
　憎しみと。
　ねじくれた運命である。

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