新生ショッピングモール、ただいま店舗募集中！｜リアクション

新生ショッピングモール、ただいま店舗募集中！

■シーン４：マールの休日
「はー、大賑わいやなあ……」
　マリベル・ロイスはカフェの前に立っていた。
　ふんわりと漂うコーヒーの香りと、甘いクリームの香り。
　焼きたてのパンに似た、小麦の香り。
　落ち着いたジャズミュージックがさりげない小ささで流れ、外から差し込む日差しが円形の白いテーブルたちを照らしている。
　肌に感じる日差しの暖かさに、刺すような激しさはない。紫外線をカットするフィルターを通しているのだろうか、空も太陽も綺麗なのに、ほんわかとした暖かさだけがあった。
　そんな空間に、人々が沢山行き交っている。
　どこかの誰かの話し声が無数に混ざり合い、膨大な環境音となって反射していた。
　ここへ混ざるのは少々勇気がいりそうだが……なに、生まれはスペイン育ちは大阪、広き心のマリベルである。
　心の中で腕まくりをして、カフェへとずんずん歩いて行った。
　職業体験と書かれたチラシを手にして。

　カフェの更衣室には大きな鏡がある。つま先から髪の先までを確認できるようにだ。
　マリベルは後ろに結んでアップにすると、前髪をお気にのヘアピンでパチパチと留めていった。
　襟元を指でくいくいと直し、スカートの裾をつまんで伸ばす。
　くるりと回って見せれば、可愛らしいカフェ店員がそこにいた。
「うわーっ、めっちゃかわいい！」
　背中の具合を振り向いて確認しながら、マリベルはきゃっきゃとはしゃいだ。
「こういう服、一度着てみたかったんやー。バイトもしてみたかったし、えーと、こういうときなんて言うんやろ。渡りに船？」
　ノックの音。
　同じく職業体験で来たらしい男子の声がした。
「着替えは終わった？」
「はいはーい」
　念のために腰のリボンを結び直して、マリベルは扉を開けて外へ出た。
　橘勇。職業体験の筈だが妙に場慣れしていて、軽く正規バイトの風格を出していた。
「まずはフロアにメニューを運ぶところからやってみようか」
「お盆にのせて運ぶんやな？」
　銀のトレーを手に取るマリベル。
　これがまた制服にマッチしていて、なんだかムービーフィルムの一部になったようで心が咲いた。
　と同時に、裏側から見るフロアは外から見るそれとはどこか雰囲気が違った。
　客たちは皆思い思いに過ごしていて、こちらを覗き見るようなことはない。
　日本人特有というか、店がきっと期待に応えてくれるだろうという信頼からのくつろぎようである。
　だがたまに、こちらをチラチラと見る客がいて、それに気づいてフロアのスタッフが注文を取りに行く……というサイクルができあがっていた。
「お盆は両手で持ってええの？」
「持ってもいいけど、テーブルに置くときに苦労するね。端を持っていると、重さに指が耐えられなくなることがあるから」
　勇はそう言って、トレーを片手で持って見せた。
「手のひらをつけるんじゃなくて、あえて指先と手の付け根だけてもってごらん。バランスがかなり取りやすくなるよ」
「ほー……あ、ホンマや。お盆軽いー」
　手をぺったりつける持ち方をしてしまいがちだが、本来は指の付け根をトレーから離すのが基本である。
　中央三本指を下にして親指と小指でお皿を挟み込む持ち方をすれば、その上にもう一つトレーを乗せられるというテクニックもあるが……それは流石に初心者には向かないだろう。
「うん、そこまでできればＯＫ。あとは笑顔！」
「笑顔なら得意やで！」
　マリベルはにっかりと笑って、トレーを肩の高さに持って見せた。

「いらっしゃいませー！　何名様ですか？」
　日本人離れした（そもそもがスペイン人の）マリベルにちょっぴり大阪なまりの日本語で話しかけられて、きっとびっくりするだろう。
　なんて想いながら、マリベルはフロアタイムを満喫した。