【４周年記念】異世界ばっひゅーん｜リアクション

【４周年記念】異世界ばっひゅーん

「で、何これ？」
　空に放たれた旅鴉月詠の第一声であった。黄色い傘を開いた状態で下の方を眺める。風に飛ばされないようにキャスケットの鍔を軽く摘まんだ。

　あまり驚いた様子は見られない。少ない瞬きと僅かに赤らんだ頬が密やかに心中を語っていた。
　緩やかな落下でスカートが広がる。白衣の裾は風に巻き上げられた。
「落ちるばかりでは芸がない」
　両足を交互に動かした。身体はゆっくりと浮上を始める。
「飛んでる？」
　確かめるように足を動かす。方向は手で変えた。開いた傘を進行方向に向ければ止まることも可能であった。
「飛んでるね。まあ、いいけど」
　傘を差して気ままに飛んだ。白く長い髪を風に泳がせて赤い瞳を周囲に向けた。
「飛ぶばかりでは芸がない」
　足の動きを止めた。一転して正座の姿で落ちていく。真下に大きな雲があった。
「撃ち落とせー」
　緩い声で雲に舞い降りる。
「乗れたね」
　月詠は白い雲の上に正座した。その姿で軽く弾む。ぼよんぼよんと奇妙な擬音を口走る。
「突き抜けないね」
　片手で雲の一部を掴む。手で寄せて丸くした。
「ほれ、ブチッと。取れたね」
　白衣の内側に手を入れた。取り出したスケッチブックを開く。持っていたペンで手早く丸っこい羊を描いた。
「色々な大きさを揃えよう」
　緩い調子で、おー、と片手を上げた。手作業での雲の解体が始まった。大小の雲を丸めて、それらをろっこんの『絵空事』で封じる。乗っていた雲は痩せ細って歪な形となった。
「次かな」
　ふわふわと空を飛んでいく。合間に雲を毟って絵に封じた。
　急に傘を利用して止まった。耳を一方に寄せて薄目となる。
「……曲が聞こえる」
　自分の耳を信じて飛んでゆく。途中で気に入った雲を絵の中に取り込んだ。
　ようやく音の正体が見えてきた。月詠はキャスケットの鍔を上げた。遙か上に目を向ける。
　市橋奏楽と市橋誉が長方形の雲を使って音を奏でていた。微妙に位置を変えて回りながら落ちてくる。清々しい二人の表情を体現したかのように旋律は軽快で、濁りのない一音の連なりは聞く者を爽快な気分にさせた。
「天上の奏者か」
　創作意欲を刺激されたのか。月詠はスケッチブックに奏楽と誉の姿を描く。二人の背中には大きな翼があった。どのような困難も乗り越えていける、勇猛な翼が――。
「天上の奏者に相応しいね。さて、と」
　月詠は自身の周囲に目を向ける。雲の塊が程良く揃っていた。天上からは心地良い音が降り注ぐ。
「これもコラボになるのかな」
　口にしながらろっこんを発動した。『絵空事』の進化能力１によって近くの雲が引き寄せられて大きな塊となった。
「始めようか」
　全身を使って形を整える。時に離れて全体のバランスに注意を払う。細かい造形は絵画ナイフを使用した。
「いいね」
　完成した鯨を離れたところから眺めて言った。背中に戻ると封じていた雲を解放した。まずはウミガメを作った。ほれー、と空に向かって放つ。小さなヤドカリの群れは背に並べた。
　一旦、手を止めた。
「もう少し海の要素が欲しいね」
　鯨の頭部に椰子の木を突っ立てた。仕上げに三日月を作って両手で空に打ち上げた。
「私が空に浮かんでいる」
　天上の音が淑やかに流れる。曲調の変化に気付いた月詠が空を見上げた。奏楽と誉が笑みを作っていた。
「こんなコラボもいいね」
　月詠は自然な笑みを二人に返した。