【４周年記念】異世界ばっひゅーん｜リアクション

【４周年記念】異世界ばっひゅーん

　星ヶ丘寮には様々な建築様式の家が建っている。その一つに日本家屋があった。趣のある庭園まで造られていた。
　その風景に御巫時子は完全に溶け込んでいた。黄色い着物姿で散策を楽しむ。色鮮やかな一幅の絵を思わせた。
　木々の枝にはスズメがいて羽を休めていた。時子を見ても逃げることはなく、チュンチュンと話し掛けるように囀った。
　おっとりした態度で時子は耳を傾ける。

　変化は突然にやってきた。三つ編みの髪がふわりと浮き上がる。特に慌てた様子は見られず、空を眺めた。
「飛んでるみたいですね…」
「僕の感覚では、落ちているように思います……とてもゆっくりですが」
　白衣姿の五十嵐尚輝が横手から現れた。時子に向かって手を差し出す。
「用心の為に、手を繋ぎませんか……」
「喜んで」

　二人は空の上で手を繋いだ。時子は相手を見て微笑む。尚輝の目はボサボサの前髪に隠されていたが、その口元には微かな笑みが浮かんでいた。
　時子の目が尚輝の胸元を見詰める。
「尚輝先生の今日のネクタイは黄色なのですね…」
「……僕には、似合わないですか？」
「そんなことはありませんよ。私も黄色ですし、さり気なくペアルックですね…」
「え……そうなのですか？　ですが、教師と生徒の間柄で、そのようなことは……」
　尚輝の困った様子を目にした時子は、ふふ、と口元に手を当てて笑った。
「でも、不思議ですね…」
「……この世界の、ことですか」
「それもありますが、こんな状況なのに全く不安になりません。尚輝先生と手を繋いでいるからでしょうか…」
　時子の真摯な瞳が尚輝に向けられる。
「この世界で、僕にできることは、あまりないとは思いますが…生徒を安心させることができたのは、良かったと思います」
　照れや動揺は見られない。静かな声音で胸中の思いを語った。時子は胸に言葉を沁み込ませるように聞いていた。頬を少し赤くして周囲に目を向ける。
「尚輝先生、見てください。雲の上に人が乗っていますよ…」
「……興味深い、現象ですね。向こうの方には、鯨が浮いています。白いところを見ると、雲で作られているのかもしれないですね」
「尚輝先生、あの雲に降りてみませんか…」
　手近の雲を指差した。尚輝は頷く。二人で宙を掻いて雲の上に揃って降りた。
「少し待っていてくださいね…」
　時子は雲で何かを作り始めた。時に動きを止める。記憶の中の姿を思い出そうとしているかのようだった。
「完成しました。尚輝先生、出来栄えはどうですか…」
「…翼を広げた、白鳥ですね。躍動感があって、良いと思います」
「一緒に乗って空を飛んでみませんか…」
「……飛ばすのは、非力ですが、僕が、引き受けます」
　白鳥の胴体の部分に時子が足を揃えて乗る。後部に尚輝が付けた。
「それでは、始めます」
　尚輝は両手を使って渾身の力で押した。滑らかに動き出した白鳥に慌てて飛び乗る。
「尚輝先生、危ない！」
　落ちかけた身体を抱き付いて引っ張り上げる。
「あ、あの、御巫さん…もう、大丈夫ですから……」
「あ、ごめんなさい…」
　言われて気付いたかのように時子は瞬間的に身体を離す。頬に恥じらいの色が浮かび、小さな声で言った。
「今日は少し暑いですね…」
「……空で、涼んでいきましょう」
　時子は俯いて、はい、としおらしく返した。