【４周年記念】異世界ばっひゅーん｜リアクション

【４周年記念】異世界ばっひゅーん

　木々に覆われて薄暗い猫鳴館にも等しく朝は訪れる。
　窓から射し込む淡い陽光に多喜勇生は起こされた。目を開けた途端、枕元に置いてあった眼鏡を素早く装着。その後はのんびりと欠伸を交えて起き上がった。
「天気の良い日は外でＤＩＹだよねぇ」
　押入れを開けた。各種、揃えられた工具類を見て悦に入る。
「その前に着替えと、場所の確保かなぁ」
　手早く着替えを済ませた。心の中を表現しているかのように全身を黄色で統一した。Ｔシャツにジーパン。靴までもが同じ色であった。
　部屋を出て軋む廊下を歩く。

　身体が前のめりになった。板を踏み抜いたのかと思えば、下には果てのない空が広がっていた。
「ひえぇー、高い、怖い！」
　吹き付けてくる風を顔面に受けて思わず手をやる。すると、あるはずの物がなくなっていた。
「ぼ、僕の眼鏡はどこ！？」
　釣り上がった目で懸命に探す。
「……あれは」
　上空の一点に注目した。極限まで目を細めて見詰める。
　――あの黒いぼんやりしたのが眼鏡！？
　それらしい物は他に見当たらない。躊躇っている場合ではなかった。
「でも、どうやったら」
　勇生は悩んだ。今の状態では手が届かない。方法が思い付かない状況で手を動かした。大気を掻くようにして上を向く。
　身体はゆっくりと上昇を開始した。表情で驚きながらも一方で決意を滲ませる。
「あの眼鏡を失うわけにはいかないんだ！」
　髪を振り乱して距離を詰める。

　眼鏡に並んだ。不安定に揺れる身体を中空で維持して手を伸ばす。
「よっと！」
　眼鏡には届かなかった。再度、手を突き出した。
「せいっ！」
　指先に触れることも出来ない。
　――ぼやけてるから距離感が掴めない。このままじゃ、僕の眼鏡は……。
　下を向きそうになる頭を堪える。眦を決して声の限りに叫んだ。
「俺の眼鏡を返しやがれ！」
　突然、荒々しい口調に変わった。裸眼による感情の高ぶりで『うらがえりのゆうき』のろっこんが発動したのだ。
「それは俺の大切な眼鏡なんだ！　こんなところで奪われてたまるかよ！」
　両手を使って連続で掴む。大気の流れが変化して眼鏡が徐々に引き寄せられてきた。
「これでどうだ！」
　身体を真横にして右手を伸ばし、掴み取る。眼鏡は無事に手元に戻った。フレームに歪みはなく、元の位置に掛けた。
　程なくろっこんの効果は失われ、勇生は安らかな顔で空を落ちていく。
「あれ、怖さを感じてない？」
　下を見ながら泳ぐように手足を動かした。
「風が気持ちいいねぇ」
　口調がのんびりとして心に余裕が生まれる。
「……レンズが曇ってるのかなぁ」
　細かい部分にも気が付くようになった。眼鏡を外して胸ポケットから専用の布を取り出す。
　その時、強烈な風が下から吹き付けてきた。
「ええー、もう勘弁してよぉ」
　情けない声を出して見上げる。先程の再現なのか。似たような位置に眼鏡が打ち上げられていた。
「僕の眼鏡がお茶目で困るぅ～」
　再び、眼鏡を相手にした苦闘が始まる。二十分に及ぶ長期戦に入り、へとへとの状態で勇生が勝利を収めた。
「も、もう、限界……」
　震える手で眼鏡を掛けた。役目を終えた手がだらりと下がる。身体は俯せになって、ぷかぷかと浮いた状態で空を漂った。