【４周年記念】異世界ばっひゅーん｜リアクション

【４周年記念】異世界ばっひゅーん

　霊感なのか、はたまた直感なのか。鬼河内萌は着飾って外に出掛けた。八重歯を見せた笑顔で洒落た傘をくるくると回しながら歩く。
　ポニーテールを結ぶ黄色いリボンは巨大を極めた。ふんだんにフリルが使われたドレスは絵本の中の主人公のようであった。実際に道で出会った幼い女の子に、おひめさまー、と興奮した顔で言われた。
「どこにいるのかな」
　茶色い瞳を方々に向けて人々の合間を擦り抜ける。
　――ユウくんはどこにいるんだろう。今日は何かあるって、ボクのカンがうるさいんだけど。
　人混みの中にツーブロックの髪型を見つけた。後ろ姿なので人物の特定には至らない。
　萌は慌てて走り出す。

「待ってー！」
　叫んだ先は空であった。巨大なリボンが落下に抗って懸命に羽ばたく。スカートは風を孕んで広がった。

「こんな世界があるんだー。のんびりしてられないよ。ＭＭＲ（萌ミステリーリポート）出動だよ☆」
　手にした傘を利用して空中を漂う。同じ境遇の人々に目を向ける。
　その中には高峰一馬と大塚絽紗の姿もあった。颯爽とパラシュートで現れた一馬が落下の危険に直面した絽紗を救った。
　遠目で見ていた萌が口を尖らせる。
　――お姫様だっこ！　リア充は墜落すれば良いよ！
　ぷいと目を逸らし、傘をブンブン振って飛んだ。その勢いが徐々に落ちてきた。
　――もしかしてユウくんもこっちの世界にいるのかな？
　表情が柔らかく蕩けて一帯を飛び回る。動くと甘い物が欲しくなるのか。綿菓子のような雲に近づいて端っこを齧ってみた。微妙な顔で口をもぐもぐとさせる。
　――ガムみたいな弾力はいいんだけど。全然、味がしないね。
　萌はプッと雲を吐き捨てた。その行為に罪悪感を覚えて、ポイ捨てじゃないよ、と独り言に近い言葉を発した。
「でも、どこにいるのかなー」
　人探しの為に空を飛ぶ。
　その末に人ではない猫、テオドロス・バルツァと出会った。
「ボク、どうしてこんな世界に来たのかな？」
「不満なのか」
「面白い世界なんだけど、ユウくんがいなくて。どれだけ探しても、どこにもいないの」
「そいつはこっちにはいねえな」
　テオは、はっきりと言った。萌は明らかな失意に打ちひしがれる。
　その姿を目の当たりにしたテオは居心地の悪そうな状態となった。
「まあ、なんだ。向こうに帰れば、そいつはいるじゃねえか。がっかりするな」
「そうなんだけど。テオ、お願いがあるんだけど」
「なんだ、言ってみろ」
「この世界からボクをユウくんの元に送り届けてくれないかな？」
　萌はテオの反応を待った。その瞳が心なしか潤んでいた。
「おまえがそれでいいなら、すぐにでも送り届けてやる」
「じゃあ、お願いするよ！」
「注文の多いやつらだぜ」
　やる気のない態度で言った。
　テオは萌を元の世界に戻した。満足した様子で前脚を舐める。
　無防備に等しい状態を狙われた。綾辻綾花が笑顔で飛んできた。両手を広げてテオを背後から抱き締める。
「な、なんだ、誰だ！」
「暴れると落ちてしまいますよ」
　テオは身を捩って身体の向きを変えた。綾花の胸の谷間から顔を出して睨み付ける。
「この俺に不意打ちを食らわすとは、やってくれるな」
「怒りっぽいのは、お腹が空いたからでしょうか」
「おい、俺の話を聞け」
「はい、どうぞ」
　綾花は制服のポケットから煮干しを取り出した。テオの口元に持っていく。抗い難い誘惑に負けて食い付いた。
「こんなもので俺の機嫌が」
「まだ、ありますよ」
　新たに差し出された一本をテオは咥える。カリカリと音をさせて食べた。
「この程度で俺は」
　綾花はテオの頭を撫でた。猫の扱いが上手く、反抗の言葉は途絶えた。
「今日は、ううん、違いますね。いつも皆に目を掛けてくれて、ありがとうございます」
「俺の気紛れだ」
　テオは横を向いて大きな欠伸をした。ふくよかな胸は眠りを誘う、極上のクッションとなっていた。