【不思議なオモチャ】

「ええと。スマートフォンにインストールした『A.I.C.O.』で、『ギアバトルを申し込む』……っと」
　佐々木 濫丸も、さっそくカプセルギアを始めてみたひとりです。
　カプセルギアは、頭、腕や足などを自由に付け替えて、自分なりのカスタマイズができるのがひとつの魅力です。なぞなぞ大好きで頭脳派な彼は、バトルの戦略を練る楽しみも含めて、大いにハマっているのでした。
「よーし！　それじゃ勝負だよ、『ローザ』！」
『ギアマスター・ローザに、ギアバトルを申し込みました』
　カプセルギアの操作は、専用のナビゲーションアプリ『A.I.C.O.』が、音声ガイドをアシストしてくれます。
　ギアバトル……つまり対戦を申し込まれたのは、１年生のリタ・カルネイロ。年上のお兄さんに胸を借りるという構図ですけれど、リタの顔は緊張するより、どきどきわくわくでいっぱいです。
『ギアマスター・RUN◎（らんまる）から、ギアバトルを申し込まれました。勝負を受けますか？』
「もちろん！　うけるのだわ！」
　ぴ！　と画面をタップすると、対戦モードが起動！
　手のひらに乗せたかわいらしい子猫型カプセルギアがぴょいんっと飛び降りて、石畳の上でポーズをキメました。
「パパがにゅうがくいわいにプレゼントしてくれた、『ヴァネッサ』よ！　ふふ、かわいいでしょ？　じぶんでカスタマイズもしたのよ！」
　というリタのカプセルギアは、なんと足が８本！　蜘蛛型レッグに、上はミリタリー調な柄のロリィタドレスを身に着けたにゃんこといった装いで、なかなかに個性的です。
「うわぁ、強そうな足だね！　僕の『ファントムマジシャン』も見てよ！　ふっふっふー、かっこいいでしょ？」
「わあ、すてきなのだわ！」
　対する濫丸のカプセルギアは、シルクハットにマスク、マント、ステッキのようなパーツで構成された、まるで手品師です。
　おこづかいを注ぎ込み完成した自慢の愛機を華麗に活躍させるべく、濫丸はスマホをタップ。
『ギアバトル、スタート！　健闘を祈ります。どちらもがんばってくださいね』
　A.I.C.O.の音声ガイドがそんなことを言ったところで、いよいよ試合開始です！



　カプセルギアは小さなロボットなので、どこでだって勝負を繰り広げることができます。善場模型店の店先の石畳はでこぼこと起伏があり、また石ころなどがちょこちょこと落ちていて、段差あり遮蔽物ありのステージです。
「いっけぇ、ファントムマジシャン！」
　まず飛び出したのは、RUN◎のファントムマジシャン。スマホ上のバーチャルパッドへ指を滑らせると同時に、黒いマントをたなびかせながら、滑るように突撃！
　ある程度間合いを詰めたところで、ひょいと取り上げたシルクハットの中からは、白いハトの形をした無数の弾丸が発射されます。
「うわぁ、すごいや。ほんとにハトが出た！」
　なんとも手品師らしい飛び道具に、ローザはヴァネッサの８本足をしゃかしゃかして石ころの影へと滑り込みます。
「やっつけて、ヴァネッサ！」
　ハト弾をやり過ごしたところで飛び出して、蜘蛛足をぐぐっと沈み込ませて大ジャンプ！
　にゃおーん！　とヴァネッサは左腕のキャットクローを振り上げて、ずぎゃんっと一撃。ファントムマジシャンは黒マントを翻して、影にまぎれてするりと避けたものの、地面が爪の形にずばっと引き裂かれてしまいました。当たればただで済みそうにありません。
「ふふふ。ヴァネッサはおそいけど、パワーはすごいのよ！」
「うん、本当だね。ここは僕は戦略の見せどころかな？」
　ハト弾を牽制に放ち、ヴァネッサがちょっぴりのダメージを受けながらそれを凌いだところへ、ファントムマジシャンはタップのような華麗なステップで踏み込みます。
　右腕のステッキをくるりと回し、超スピードで放つ突きはまるで、フェンシング！　スピードで翻弄する相手に対して、ヴァネッサは強力な左腕でガードを固めつつ、右腕に装備されている茨のつる状のムチを振り回して反撃を試みます。
「僕の攻めを防ぐなんて、やるね！　でも、これは耐えられるかなっ？」
「まだまだ、リタもヴァネッサもまけないのだわー！」
　勝負は一進一退。決着はまだ着きそうにありません。



　そんなふたりのギアバトルのかたわら、奈々美はメモ帳とカメラを手に、善場さんへインタビューを敢行しておりました。
「へぇ～、それじゃ少し前から流行り始めたんやね。カプセルギアのガチャガチャを置いてから、お店の様子は変わりましたか？」
「もちろん！　見てのとおり古い店でね、閑古鳥が鳴いてたんだけど、今じゃ子どもたちで大賑わいだよ～。ありがたいよね！」
　にこにこと気前よく語ってくれるおじさんへ、奈々美は記者根性を発揮して、矢継ぎ早に質問をぶつけます。
「これって、不思議なオモチャですよねー。作ってる会社、『愛光堂』やったっけ。どんな会社か知ってます？」
「いやぁ、それがね。長いこと模型屋やってるけど、聞いたことないんだよね。最近できた会社なのかねぇ？」
「へぇ～……」
　奈々美自身は、カプセルギアを持っていません。流行に乗っかりつつも、記者としては一歩離れたところでこのブームを見つめてみたい、と考えているからです。
「……けど、この本物みたいなエフェクト。ひとりでに動くっちゅう噂もあるし、これ絶対神魂事案やん……」
　そう、すごいオモチャであるようなのです、カプセルギアは。
　けれどだからこそ、悪い誰かが悪用しようとする可能性もあるのでは？　なんて、彼女は気にかけているのでした。
「よおーし、決めた！」
　唐突な声は、影太郎。今しがたスマホにインストールしたA.I.C.O.で、ギアマスターネームを入力したところです。その名も、『A.T.Low』！
　そして手のひらの上には、光の剣を構える勇ましいカプセルギアが立っています。
「お前の名前は、そう……『ルナティックシェード』！　月影の戦士だ！」
　月影は月の光のことですので、意味的には少々違うような気もしますけれど、まあまあ。カッコイイので良しとしましょう。影太郎は大いに気に入りました。
「わたくしも決めましたわ！　あなたは、エル！　『エルミナータ・アウレリア』！」
　逢莉もまた、ドレスアーマーを身につけて、きらきら輝くティアラを頭にかぶった可憐な女の子型カプセルギアへと、自分だけの名前をつけました。
　不思議な出会いを果たした影太郎のカプセルギアも、まるで自分とそっくりな妹のような佇まいの逢莉のカプセルギアも。どちらもやがて、大切なパートナーとなってくれることでしょう。
　そしてここにも、ハマってしまいそうな人が。
「……やりたくなってきたんやろ？　勇樹。もう１回ガチャっとるもんな」
「うっ。だ、だってみんな、すごく楽しそうじゃないか……少しくらいなら遊んでもいいかなって。カスタマイズして俺だけのカプセルギア、作ってみるのもいいかなって……」
「はいはい、勇樹も男のコやねぇ♪」
　お姉さんぶって頭をぽむぽむする奈々美に、勇樹はガチャガチャから出てきたごっついガトリングガンを持つカプセルギアを手に、ちょっぴりバツが悪そうにぷいっと顔をそむけました。彼がギアマスター『ジャスティス』を名乗り、愛機『ジャッジメント』を駆りギアバトルへと飛び込んでいくのは、もう少し先のことです。
　奈々美は思います。
「ま、しばらくは様子見やね。ちゃんと見てなアカンけど……みんな楽しんどるもんな。良い顔しとるもんなー♪」