【かけがえのない相棒】

　的子もまた、いわゆるお嬢さまです。ただし、なりたての、が付きますけれど。
　この春から星ヶ丘に移り住み、寝子島小学校へ通い始めた的子とカプセルギアとの出会いは、お引越し祝いでした。
「うわぁ、オモチャがたくさん……あっ！　これ、やってみたかったやつだ！」
　的子は思わず満面の笑みを浮かべて、ずらりと並んだカプセルギアたちを見つめます。お嬢さまになると、こんなことがあるんだ……！　と嬉しいやら良く分からないやらで、三白眼気味の瞳をぱちぱちとまたたきました。
　カプセルギアにはパーツブランドというものがあり、それぞれに特徴的なパーツが属しています。実際に複数の企業が開発に参入しているのだとか、あるいは販売元とされる愛光堂の社内開発チームのことを指すのだとか、もしくはただの演出要素なのだとか、そのあたりは良く分かっていません。ともかく、目の前のカプセルギアたちは３つのパーツブランドごとに揃えて並べられていて、なんとも壮観です。
　可愛らしいネコミミ少女型カプセルギアは、『ネコテック』製。黄色と黒の警戒色に塗られた重機のようなカプセルギアは、『潮見原重工』製。頭に角を持つごっつい鬼型カプセルギアは、『ナインナイツカンパニー』製。的子はそれらを順に眺めては、ほうっと感嘆のため息を漏らします。
「うーん……」
　とはいえ少々、困ってしまいました。
「多すぎて決められない……」
　専用アプリ『A.I.C.O.』に登録できるカプセルギアは、一度に一体だけ。もちろん、その時の気分であれこれ使い分けてみるのも楽しいかもしれませんけれど、どうせなら、これ！　という大切な相棒を見つけたいところです。
　デフォルメな象さん型の一体を手に取り、ヘリコプター型のカプセルギアに触れ、たくましい恐竜型のしっぽをなぞり、的子は悩みます。候補がありすぎて、どれもいまひとつピンとくるものがありません。
　そんな中、
「あれ？」
　隅っこのほうに追いやられて、まるで目立たないところにひっそりぽつんと佇んでいる、一体のカプセルギアに目が留まりました。並びからすると、潮見原重工製のようです。
「！　この子……」
　その瞬間。
　的子が感じたものはまさしく、運命でした。
「うん。決めた。私ね、あなたがいいな！」



　そうして的子がパートナーとして選び出したというカプセルギアを、梨々子とちかは、まじまじと見つめます。お隣では風太も目をぱちくりとしておりました。
「これが私のカプセルギア。名前は、『N.E.O.M.U』！　ネオムって言うんだよ。綺麗でしょ？」
　梨々子は思わず眉毛をひん曲げて、
「これは……なんというのかしら、ええと……」
「こせーてきやんなー」
　ちかはあっけらかんとして言いました。
　なにしろ的子のカプセルギア、N.E.O.M.Uはなんとも形容しがたく、不気味な機体だったのです。
　頭はつるりとした卵型で、よくよく見ると口がついてはいるものの、目やらなにやらは見当たりません。ボディの後ろに伸びているのは、先端に爪状の刃がついた骨のような尾。右手にはマシンガンを持ち、左の手のひらにはプラズマカノンが内蔵されています。そして極め付けは足パーツで、なんと両腕と構造がいっしょです。つまり必要に応じて、足でも武器を持ったりなにかをつかんだり、といった芸当が可能なのでした。
　的子はこの不気味な……いえ個性的なカプセルギアをひと目で気に入り、それぞれのパーツにながーい名前をつけたものの、あんまり長くて覚えるのが大変なので、頭文字を取ってN.E.O.M.Uと決めました。
　奇妙なカプセルギアとは裏腹に、彼女の顔は、実に晴れやかです。胸には明るい希望が満ち満ちておりました。
　これからN.E.O.M.Uと歩んでいく日々の、今日はその始まり……ああ、なんてお日さまがまぶしいんでしょう！
「だからね、ふたりのバトルを見学してて、私もN.E.O.M.Uとやってみたいって思ったの」
「そういうことでしたら、私とプリンセスダンサーがお相手いたしますわ！」
　ばばんっと名乗りを上げた梨々子。ちかへリベンジするのも良いですけれど、せっかくなのでいろんなお友だちと遊んでみるのも楽しいことでしょう。
「ほならふ～たくん、ちかたちもやろかー。ちか負けへんで？」
「うん、いいよー！　僕だって、今度は負けないよ～！」
　ちかも風太とバトルすることになり、ふた組に分かれて対戦開始！
「わ、どきどきする……」
　控え目な新米お嬢さま、的子には新鮮なことばかり。頬が熱くなって、心臓がとくとく鳴るのがはっきりと聞こえます。
　それでも新しいパートナー、このかけがえのない相棒といっしょなら、なんだって乗り越えてしまえそうな気がしてきます。
「行くよ……N.E.O.M.U！」



　開幕、リリィはプリンセスダンサーの右手からリボンを放ちつつ、ぎょっとして目を剥きました。
「ななな、なんですのその動きはー！？」
「わぁ、こんなふうに動くんだ！　かっこいいよ、ネオム♪」
　両者感想には少々違いがあるようですけれど、ともかくネオムは腰を３６０度ぐるりっと回転して、リボンに取り付けられた刃を骨っぽい尻尾で弾き返しました。
　人型なのに人間離れした奇怪なアクションが、ネオムの持ち味です。『matoko』が嬉しそうにバーチャルパッドを操作すると、ネオムは狙いもつけずにマシンガンを乱射しながら、左手と両足を使ってぺたぺたと走ります。
「ひぃぃ、避けなさいプリンセスダンサー！」
　ヒールに仕込まれた超小型ジェットエンジンに点火して、プリンセスダンサーはどぎゅんっと跳躍。公園にある滑り台の上へと退避すると、ネオムがそれをぬるぬると滑らかな動きで追いかけます。
　ネオムの左手がきらめき、手のひらからプラズマカノンを照射！　プリンセスダンサーの肩のあたりへヒットして、じゅわっと熱く焼け溶けたようなエフェクトが刻まれます。
「や、やりますわねあなた……！」
「そうなの？　やった♪　私、向いてるのかも」
「でも……私だって、負けませんわよぉ！」
　リリィももちろん、逃げてばかりではありません。上を取ったプリンセスダンサーは一転、滑り台をしゅばーっと滑りながらに華麗なターンを披露しつつ、スカートから展開した刃を繰り出します。
　駆け上がりながら迎え撃つネオム。その顔にはくわっと口が開き、中には鋭い乱杭歯と、長い舌がずるりと生えておりました。
「えーいっ！　えーいっ！」
　いっぽう砂場エリアでは、ふ～たが犬型カプセルギア『わんこくん１号』のロケットに点火して突撃、突撃、突撃！　やみくもに剣を振り回して、ドリちかのオケラタンクを追いかけ回します。
　彼にはあまり作戦というものがありませんでしたけれど、サッカーをやっている時のように、とにかく前向きで元気なバトルスタイルです。
「ちかのんドリルついとるやろ、ぎゅるるーゆーてもぐれるんやで。砂ん中」
　というドリちかの言葉どおりに、オケラタンクは砂ぼこりを巻き上げて潜航！
「あ、あれ～？　消えちゃったよー！」
　相手が見えなくなってしまってわたわた、大慌てなふ～た。わんこくん１号を跳び回らせて砂中のオケラタンクを探すものの、サッパリ見当たりません。
　と思いきや隙を突き、オケラタンクは砂中から飛び出して急襲！　回転するドリルを突き上げて、わんこくん１号のロケットを貫きました。
「どぎゅーん、決まったわ♪」
　滑り台ではプリンセスダンサーのフリルから覗く刃が閃き、ネオムの手からマシンガンを弾き飛ばします。
（楽しいなあ……これが、カプセルギア）
　ぐるりと身体を回転させ、逆立ちのような体勢のまま、ネオムは足でマシンガンをキャッチ！　左手のプラズマカノンと一斉射撃を浴びせながら、matokoは思います。
　ネオムは見た目こそ不気味ですけれど、matokoにとってはアニメの主人公が乗り込むような、ヒロイックなロボットと変わりはありません。
（あなたとなら、仲良くできそうだね。カスタマイズもいっぱいしてみようね。よろしくね、ネオム！）
　ネオムと歩んでいく、これからの毎日。明るい予感を胸いっぱいに感じながら、matokoはバーチャルパッドをタップしました。