The NEKOJIMA M@STER｜リアクション

The NEKOJIMA M@STER

【Pygmalion（ピグマリオン）】

　その頃、リハーサルを終えた獅子目悠月とロベルト・エメリヤノフの公演の幕が、いよいよ開かれようとしていた。
　舞台の中央には人形に扮する悠月が微動だにせず鎮座している。
　もうすぐ、舞台中央のサスペンションライトが点灯し、それと同時に上手からゆるゆると人形師に扮するロベルトがやってくる手はずだった。
　悠月は静かに目を閉じ、この世界に放り込まれてすぐのことを思い出す。
（いきなりゲームの世界（？）の中に入ったときは驚いたものだ……。だが、ロベルトは右も左もわからない俺に舞台で踊る機会をくれた。その借りは最高の演技をすることで返す）
　静かな決意に呼応するように、舞台中央をライトの明りが照らしだした。
　ゴシックとスチームパンクを高次元で融合させたような、既存の舞台とは明らかに方向性が異なる舞台の雰囲気に初めての観客は息を飲む。
　そこで、ゆっくりと、だが威風堂々たる振る舞いで、ロベルトが座り込む悠月の背後までやってくる。
　ロベルトが腕を上げる動作で合図をした。
（いまだっ！）
　刹那、悠月は魂を吹き込まれた人形のように起き上がり、華麗な舞踏を披露する。
　悠月の動きに合わせて、音楽もスタートする。
　照明の色が赤と紫に限定され、どこか幻想的な光の中で、悠月はロベルトと共に華麗に舞い踊る。
　ざわ、と観客が息を飲む気配が伝わって気がした。
　しかし、そこに気を取られている余裕は悠月にはなかった。
　なにしろ、自分はあくまで人形なのだ。魂を持って動く人形のように華麗に、かつ、どこか人形のようにぎこちなく、そんな矛盾した要求に応えなければならない。
（……簡単ではない。だが、やって見せる。ダンスは人形のように精緻で、繊細に。そしてコーラスはどこまでも情熱的に力強く！）
　まさしく人形師によって魂を吹き込まれた人形になりきり、悠月は芸術作品としての自信の音楽を披露する。
　それはどこまでも情熱的で、かつ、どこまでも正確無比で、

　――気がつけば、全ての演技は終わっていて、万雷の拍手の中で深紅の幕が舞台と客席を静かに遮断していた。

　　　* * *

　喝采の拍手の中、下された幕の内側で、ロベルトは感極まっていた。
　演技を終えて、楽屋の中で、ロベルトはその感動を言葉にする。
「うん、やっぱり獅子目は凄いよ！　完璧だった、美しい！」
「……よせ。褒めても何もでないぞ」
　ロベルトの言葉に、悠月は少し照れたようにそっぽを向けた。
　声音は落ち着いているが、ロベルトの言葉を否定しないあたり、自分でも満足の行く演技ができたのだろう。
　どこかその横顔には達成感が満ち溢れていて、それがまたその美しさを引き立たせている。
（ああ、今日がこんな日でなければ、もっと獅子目とこの感動を分かちあえたのに……！）
　口惜しさのあまり、ロベルトは移動の間際になり、おもむろに悠月の手の甲にキスをした。
「……なっ！？」
「ごめん、獅子目。今日はもう行かなくちゃ！　ほんとうにすまない」
「……っ、いいから行けっ！　あとあんまりカッコつけるなっ！　似合ってないからなっ！」
　怒鳴りつけてくる悠月にウインクをして、ロベルトは走る。
　彼にはまだスカラとして、もう一つ仕事が残っているのだった。