冬の寝子島｜リアクション

冬の寝子島

　空色のウインドブレーカーに身を包んだ羽生碧南は軽い柔軟を経て、よし、と明るい声で桜花寮を離れた。
　余裕のある走りで寝子ヶ浜海岸に向かう。見渡す限りの海を横目に軽やかなジョギングを行う予定が大いに狂った。
　一面の銀世界に足が止まる。
「うわー……なにこの大量の雪は」
　左右に顔を動かして、後ろにも目をやった。驚いた表情で海の方に向き直った。
　――海岸だけに雪が積もっているんだけど、これってどういうことなの？
　怖々と雪の中に足を踏み入れる。一歩ごとに感情が高まって目が潤み始めた。
　――乙女ゲームの再現よ。忘れもしない、これは『雪の花の散るころ』の明黒薫ルート。
　切ない恋の物語の中でも群を抜く悲しみに溢れた、儚くも美しい一場面よ。ああ、声が聞こえるわ。悲哀に満ちた瞳が私に向けられている。
　一歩を踏み締めて歩く中、碧南は切ない表情で、そっと手を差し出した。まるで、そこに愛しい人物がいるかのように唇が小刻みに震え出す。
　頬には一筋の涙が流れた。瞬間、驚いた顔となり、掌で目を擦った。
　――こんなところで泣くなんて、自分でもびっくりよ。挙動不審はこれくらいにして今は雪を楽しまないとね。
　周囲に目を向けると、かまくらや雪だるまがポツポツと出来上がっていた。それらを見て歩く。特に出来の良い物はじっくりと眺めた。
　――この天気だと明日には溶けているかもしれない。なんか壊すみたいで勿体ないわね。
　歩いていると目の前に真新しい雪が現れた。無垢な姿で残っていた。碧南は屈んで指先を差し込む。更に深く入れて雪を寄せて丸くした。それを転がす。雑巾掛けをする小学生のように走り出した。
　大きな雪玉を作り、頭部となる部分を乗せた。凛々しい表情を造形して笑みを浮かべる。
　――良い感じね。でも、少し寂しいかな。
　寄り添う位置に小振りの物を作った。親子だるまと命名した。森の中を想定しているのか。周りには猫や兎が戯れている。
　通り掛かった子供にはタヌキとツチノコという評価を受けた。碧南はにこやかな顔で否定した。
「このくらい作ればいいかな」
　創作の数々に満足の表情を浮かべた。途端に身体が震えた。その場で駆け足を試みる。
　――動かないと寒いわね。
　とにかく動くことに専念した。雪だるまを増やして大家族だるまと名付ける。その後、家族の昼食として小さな雪玉のお握りを作り続けた。