冬の寝子島｜リアクション

冬の寝子島

　用事を済ませた東海あまぎが電車に乗り込む。人の目がそれとなく集まった。
　眠そうな目には愛嬌があり、とても可愛らしい。艶やかな黒い髪は長く、どこか気品を感じさせた。それでいて飾りっ気のない白衣を着用。小道具として首からはカメラをぶら下げ、手には鞄を持っている。
　あまぎは空いた座席に目もくれず、車両の端の窓際に立った。軽い振動で電車が走り出す。ほっとした表情を浮かべて流れる景色を楽しんだ。
　街が遠くなる。青い海が目に鮮やかに飛び込んできた。寝子島大橋を渡って終点の星ヶ丘駅を目指す。
　寝子島シーサイドタウン駅を越えた。あまぎは安らかな顔で海を眺めていたと思いきや、窓に額を引っ付けた。流れ去る景色を懸命に目が追い掛ける。
　――寝子ヶ浜海岸が雪景色で、なんて素敵なシャッターチャンス！　電車の背景に使えるではありませんか！
　終着駅から引き返し、寝子島シーサイドタウン駅で降りた。方々に目を向けた末に踏切近くに立ち、電車が訪れる瞬間を待った。
　数分後、電車が横手から現れた。素早くカメラを構える。電車の先端と背景の雪が重なる瞬間を連続で写した。早速、画像で出来栄えを確かめる。
　――偏った雪の降り方のせいで不自然に見えます。海岸側から撮るのがベストのようですね。
　次の数分後に備えてあまぎは海岸へと急いだ。道路を渡って防風林から景色を眺める。
「本当に雪なのですね」
　一歩を踏み出すと雪が小さく鳴いた。心を震わせる音に表情が優しくなる。
「……そうでしょうか」
　深い考えに囚われたように顔を曇らせる。
　――見た目が雪であっても、天然の雪とは限りません。調べる必要がありますね。
　持っていた鞄を下ろして中を開けた。雑然と詰め込まれた道具の中からルーペと二枚のガラス板を取り出した。
「結晶から調べるのです」
　ガラス板に少量の雪を乗せて、もう一枚で軽く挟む。プレパラートの状態にしてルーペを使った。
　――ちゃんと結晶化しています。自然に出来た雪のようですね。ですが、このような局地的に雪が降るものなのでしょうか。
　心との折り合いが付かないのか。リトマス試験紙まで出して調べ始めた。
「思った通りでした」
　素っ気ない声で鞄を閉じた。
　――ただの雪じゃないですか～。
　費やした時間を振り返ってがっくりと首を垂れる。
　その時、電車の警笛が聞こえてきた。瞬間的に頭を上げて、そうです、と力強い声を発した。
「電車の写真です」
　長い髪を乱して線路の方に振り返る。電車は速度を落として駅に到着した。急いでカメラを構えた。その姿で用心深く後ろに下がる。ゆっくりと傾斜を下り、適当なところで止まって足場を固めた。
　――電車にピントを合わせることで、下部の雪がぼんやりと幻想的に見えます。
　構えた手が少し震えている。頬は紅潮して息遣いも荒い。極度の緊張に見舞われていた。
　電車が駅からゆっくりと現れた。あまぎはシャッターを夢中で切った。
「まだです。もう少し待って！」
　電車の進行方向に合わせて横向きで走った。シャッター音が軽快に鳴り響く。最後は足がもつれて横っ飛びとなり、肩口から雪の中に突っ込んだ。
「失敗しました」
　はにかむような表情で起き上がる。身体の雪を手で払って、不意に気付いた。
「カメラ、私のカメラは？」
　怯えたような表情を周囲に向ける。雪の一部に穴が開いていた。急いで駆け寄ってカメラを引っ張り出す。雪が付着した状態でボタンを押した。
「そ、そんな！？」
　何度もボタンを押したものの、カメラは一度として起動しなかった。
「……電源が入りません」
　ぼんやりとした目で呟いた。
　――落とした衝撃のせいなのでしょうか。内部に水が入った可能性も……。
　どちらにしても壊れたことに変わりはありません。結構な値段だったのですが。
「うぅ……」
　下唇を噛み締めて、あまぎはとぼとぼと帰っていった。

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