スクール水着は世界を救う｜リアクション

スクール水着は世界を救う

【１】

「どどどどーなってんだよーーーーっ！！！」
　それはいつもどおりの朝だった。
　いつもどおりに朝ごはんを食べ、いつもどおりに出発し、ここはいつもどおりの通学路。
　ただ、御剣刀がいつもと違ったのは、スクール水着を着ているということだった。
「くそ、また神魂かよ！　ふざけんな！」
　いつから、いつからだ……と頭を抱える。
　意気揚々と結構な道のりを歩いてきてしまった。
　というか、なんで今の今まで気づかなかったのかと己を責めたい。
「女子用のスクール水着とか本当に勘弁して下さい。何考えてるんだよ……なんにも考えてないよな！」
　どうする……と一応考えてみたが、これまでの経験が言っている。
　神魂騒ぎはおさまるまで耐えるしかない、と。
「地獄かよ……」
「バカタコー」
「……って、頭の上に何か乗って……って、タコ！？」
　カーブミラーに映った自分の頭の上には、間抜けそうな軟体動物が鎮座ましましている。
「最悪だ……。い、いやいや、こういうときは前向きに！」
　剣の道を志す者として、これしきのことで動揺してはいけない。
　真の達人とはいついかなる状況においても心を乱すことはなかったはずだ。
　この状況で心頭滅却できれば明鏡止水の境地に至れるかもしれない……。
「丁度いい機会だと思って頑張るか……。そうでないとやってられん！」
　気を取り直し、学校へ向かう。
「さーて心頭滅却心頭滅却」　
　そう意識を変えるとどことなく騒いでいた心も落ち着いてきた。
　それによく周りを観察してみると、誰も刀のこの状況に気づいていないように思える。
　なるほど、これも神魂の力か、と得心する。
「この格好をフツウだと認識しているようだな。これなら今日一日ぐらい大丈夫かな～」
「……………………」
「ん？　校門にいるのは海原先輩……？」
「……………………」
「いやいや、俺のようにフツウじゃないと思っている人もいるわ！　海原先輩の目つきでわかるわ！」
　海原茂の目は確実に何かを怪しんでいた。
　それが何かはわからなかったが、何かフツウではないような気がしていた。
「気のせいかもしれないが、その格好……」
「違うんです、これは神魂による事故なんです！　あんただってもれいびだしわかるだろう？　わかるよね！　わかれよ！！」
　茂の肩をガクガク揺さぶる刀。
「……すまないが、離してもらえるか」
「嫌だ！　わかるまで離さない！　今この瞬間、俺の社会的地位が脅かされてるんだ！」
　しかし、茂はますます怪訝の色を瞳に浮かべ始めた。
　しつこく揺さぶる刀の手を払うと、時々振り返りながら校舎に向かってしまった。
「か、完全に性癖を抑えられない人だと思われたじゃないか！　の、ののこ、マジでぶっ殺す！」
　ぷるぷると握った拳を震わせる。
「い、いやいや、落ち着け、落ち着け、俺。心頭滅却だ、明鏡止水だ」
　自分でさっき言ったじゃないか。
　神魂騒ぎはおさまるまで耐えるしかないんだ、と。
　それに、昔の人は諦めが肝心、といい感じの言葉も残してるし。
　はぁ、と大きくため息をつく。
　諦めよう、今日一日、地獄を耐えればそれでいいんだ。
「……それにしても、このスク水ってやつ……」
　女子用のスクール水着を着る機会なんてないから不思議な感じがする。
「男は海パンだもんな、なんで腹のあたりまで覆うような形なんだ？　着るのも脱ぐのも大変じゃないのかな？」
　生地を引っ張ったり、胸元を覗き込んだりしてみる。
　そして、気になる股間部分もチェックする。
　幸いはみ出すことなくおさまっているが、何かこうギッチリ感が股間に……。
「スーパー落ち着かない……。スーパー不安しかない……」
　とそのときである。
　同じようにスク水を着た女子たちが、刀の隣をすっと横切っていった。
　それも、ひとりやふたりではない。何人か同じように神魂に巻き込まれた人間がいる。
　しかも、自分の状態にも気づいていない様子だ。
「よく考えたらタコと戯れるスクール水着の女子を見放題……？　ラッキーじゃね？」
　かつて、古代ローマの詩人ホラティウスは言った『カルペ・ディエム』と。
　一日の花を摘め。つまり、今ふうにいうと、今この瞬間を楽しめ、ということである。
　目標変更。目を輝かせ、ムッツルギとなった刀はるんるん気分で校舎へと向かっていった。

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