バレンタインデーなんて知んねーし！｜リアクション

バレンタインデーなんて知んねーし！

　――あれ、獅子目か……？
　おっと、と首をすくめて、来島アカリは手近な物陰に飛び込んだ。
　まずは材料買いに行かねーと、と街に出たところで、いきなり前方から、獅子目悠月が来るのを発見したのだ。
　シーサイドタウンには隠れられる看板や店が多い。近づいてくる悠月は、幸いアカリの存在にまるで気付かぬ様子で、両手に荷を提げて通り過ぎていった。
　上品な手提げ型紙袋には、輸入食料品店のロゴマークが刻印されていた。かなり量がある。随分と買い込んだらしい。
　――どう考えてもあれ、ロベルト先輩にあげるチョコの材料、だよな……。
　あの量はあきらかに、失敗してもいいように多めに食材を用意した結果であろう。
　それはアカリが、今からやろうとしていることとまったく同じなのだ。なんだか癪に障った。
　相性の問題なのか前世で因縁でもあったのか、なにかにつけ悠月は、アカリに喧嘩をふっかけてくる。先日も、アカリと悠月にロベルト･エメリヤノフがバレンタインチョコをねだった際、悠月は無闇に対抗心を燃やして、言うに事欠いて『来島のチョコよりは期待していいぞ』などと言い放ったのである。
　人にあげるためのお菓子作りなんて経験がなかったし、だからもちろん自信もないアカリだったが、悠月にここまで言われて黙ってはいられない。完璧とまではいかずとも、それなりの見た目のものを作ろうと色々考えていた。そうして導き出された結論が、簡単に作ることができてしかも見栄えのいい、大人向けビターチョコのカップケーキなのだった。
　まさか獅子目も、カップケーキを作る気じゃないだろうな、と一抹の不安が胸をよぎったものの、だからといって今さら変更は不可能だ、とアカリは悠月の姿が完全に見えなくなるまで待ってから店に向かった。
　でもバッティングしたら悔しいから、悠月の行った店とは違う店舗を選ぼう。
　ところがまもなくして、また別の知人とアカリは遭遇したのだった。
「あれ？　楢木と……」
　楢木春彦、そして鴻上彰尋だ。二人が連れ立って歩いていた。
　しかもなぜか、そろって岩海苔（？）の小瓶を手に握っているのだ。街中で試供品でも配られていたのだろうか？
「よっ！　来島じゃねーか。今日はマジ、知ってる顔とよく会う日だよなー」
「奇遇だな。そっちは確か、鴻上、だよな？」
　彰尋が返事するより早く春彦が告げる。
「あぁ、前に海で会ったろ、肉焼いてた１年の鴻上で」
　と春彦は彰尋を示し、もう片方の手でアカリの肩に手を置いて、　
「鴻上、こっちが女子枠の来島だ」
「『女子枠』って……！」

　アカリはむくれるが、もう春彦に訂正を入れることには半ば諦めているのか、むきになって否定したりはしない。そのかわりに美少年らしく、瑞々しい笑みを彰尋に見せるのだった。
「ま、楢木のタワゴトは聞き流してくれ。よろしく」
「こちらこそ、よろしく」
「ところで、お前らもバレンタインの……？」
　というアカリの発言のニュアンスを、横で聞いていた春彦はたくみにとらえている。
「お前らも？」
「おっと、俺そんなこと言ったか？」
「とぼけても無駄だっ！　聞いたぞ、『も』って。つまり、そういうことだな！？」
「そういうことって、どういうことだ！　いや、俺はそーゆーのじゃねえから！？」
　言いながらももう、アカリの頬はみるみる染まっていくのである。鼓動はツーバスを刻み、心なしか内股気味になり、頭だってのぼせそうに熱くなっている。それをたくみについて春彦は追求する。
「その『そーゆーの』の中身が知りたい！」
「そーもこーもなーい！」
　これは分が悪いとみて、たちまちアカリは退散した！
　ただただ、あっけにとられた格好で彰尋は立ち尽くしている。