ESCAPE †he NIGHTMARE｜リアクション

ESCAPE †he NIGHTMARE

　一方舞踏会の会場では——。
「こういうの前にもあったよね……」
「英二君も慣れてきた？」
「２回目で多少は、かな？」
「じゃあこんな感じで想像してみて」
　額の汗をぬぐいながら走る佐藤英二と伊橋陽毬の会話中、彼らの服がきらりと光って場に合わせたものに変化した。華やかな舞踏会の会場に場違いな現代的装いは敵の目を惹いていたが、これなら迷彩効果抜群だ。コスプレイヤーの陽毬らしいアイディアだ。
「私が道を開くから続きなさいませ！」
　大道寺紅緒がこなれた様子で裾をつまみ、ドレスの貴婦人の間を早歩きで行くが、対して水上桜は長い裾に右往左往して追いつくのがやっとだ。

「ドレス走りにくいっ！　もう嫌勘弁して！　万全の態勢で試験に臨むべく早めに寝たというのに、よりによってこんなときにこれ？
　これだから『ノーモアフツウ！』なんじゃー！！」
　ワルツのリズムに合わせて地団駄を踏む彼女の後ろからは、何が起こっているのか把握出来ていない小さなイリヤ・ジュラヴリョフがついてくる。子供の身体が埋もれそうになっているのに気付いた志波武道は、素早くしんがりに回って、接近してきた敵をろっこんの能力で抑えつつ仲間たちへ叫んだ。
「小さい子たちは誰か抱えていってあげてくれ！」
「わーい抱っこ！」
　ぴょんと跳ね上がってイリヤが無邪気に抱きついてきた。慌てて『誰か』と頼んだものの、そこそこの大きさの子供を抱きかかえて走れるのは、体格的に自分くらいかと気づく。
　しかし武道がイリヤを抱え上げようとすると、「待て」と邪魔された。
「イリヤは俺が連れてく」
　両腕を広げて立っているのは日本橋泉だ。陽毬の頭半分下くらいはある身長は、推測する年齢の平均からは逸脱しているのかもしれないが……。
「今の君だと大きさだと子供を抱えるのは」
「それはただの子供じゃない。
　中学生男子のドッロドロの夢とぐっちゃぐちゃの妄想が詰まった俺にとって都合が良すぎるクソチョロ美少年で持ち主は俺。ただでさえ『泉は僕の兄さんたちと叔母様とポンチクの次に大事』っつーふざけた位置なのに夢の中のイリヤまで誰かに譲れるか」
「犬以下……」
「でも５位だから入賞は出来てるよ……」
　陽毬と英二は思わず足を止めて、慈悲深い眼差しで泉を見つめた。
「返しておあげなさいよ会長さん。大人気なくてよ」
　まともな行動だのに紅緒に諭されるように言われ、理性では納得出来ないまま従うと、イリヤは全自動的に持ち主の元へ走って行った。
「おいで俺のイリヤ。このまま一緒にニューヨークで暮らそうな、だって俺が一番だろ？」
「わーい行くー泉が一番すきー」
「はははざまーみろエリ'n'レナ。何が『試験前は控えろ』だ、俺のって言ってやったぜ一番って言わせてやったぜ、お前らの出番はこの夢にはねーぞ」
「あはは日本橋くんがショタ化してぶっこわれた！　私もぶっこわれた！　もうだめ、きっと試験日当日もフツウの事件が起こって遅刻するのよ！！」
　妄想で作った美少年を抱きしめている哀れな中学三年生男子と、地団駄を踏んでは叫ぶ哀れな中学三年生女子を見て、武道はかつて通り過ぎた過酷な受験戦争の闇を見て暫し呆気に取られていた。
「……ハッ！　そういやコレ夢だったな！　シリアスエアーに飲まれかけたテヘ！」
「夢だしシリアスもまずいんですけど、こんなにのんびりしてて大丈夫かな？
　とりあえず遅刻は回避したいし」
　英二が心配げに顎を撫でていると、案の定軍服の集団——セルゲイの所とは別の分隊だ——が目と鼻の先まで迫っていた。応戦しようと武道が片手を構えた時だ。

　突然の爆発音が音楽を裂き、優雅な舞踏会の会場に、煙がもうもうと立ち込め始めた。
「これは一体……」
　戸惑う紅緒の手首を誰かが握った。こっちだ、と引っ張られる。
「外に俺の車がある。皆一緒に来てくれ！」

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