ESCAPE †he NIGHTMARE｜リアクション

ESCAPE †he NIGHTMARE

　
　広がる紺碧は、冬の空のようだった。
　波に揺られて漂うマリンスノーは、少年兵姿になっているセルゲイ・ボスコフの知る風景によく似ていた。
　煤けて袖や裾がボロボロになった服をまとっている自覚を持った時、僅かな音を耳にして腰からサーベルを抜き身構えた。

　現れた分隊規模の軍服の集団は少年兵が武器を手にしているのを視認し、目の色を変えた。しかし軍服たちは銃口や切っ先を目標へ固定したまま静止している。
　セルゲイはこの隊を率いる男を輝く肩章で見つけ出し、一瞬だけ唇の端をあげた。
「アンタがここで一番偉い、で間違いないかい？」
　これが夢と知らず、紅緒が思いついただけのデタラメなキャラクターである軍服たちを、セルゲイが持つ記憶や知識と入り混じらせてしまう。
「一番偉いはずの貴様の無能な命令のせいで、この雪の中、部下である俺達は俺を残して全滅した」
　端折った説明をして、「つまりだ」と目付きを鋭くした。
「将校殿。僭越ながら某、セルゲイ・ボスコフと一騎打ちによる決闘を願い申す。
　今この場、その首にてその責を取ってもらうことにする」
「ふっ、はははは！　なんと勇敢な兵だ！」
　少年兵が果敢にも決闘を申し込む蛮勇の滑稽さを、将校は嗤った。セルゲイは全身の毛を逆立てて軍服の中へ突っ込んでいく。
「何が可笑しい、それでも軍人の端くれか！　真剣勝負を嗤いし者に剣を帯びる資格はない」
　セルゲイの一撃を将校の前に立っていた歩兵がサーベルを抜いて受ける。刃同士がギインッと火花を散らせてかち合った。子供のセルゲイは体重差で競り負けたが、跳ね返されながらも猛虎の如き俊敏さで、よろけた身体を再び将校へ向けた。
「どうだ、その不細工な笑顔のまま死なせてやる。快くその首落してやるぞ。さぁ来い——！」

†　†　†
　

　ぱちんと瞼が開くと世界が広がった。見えるのは空と、沢山の屋根と、豆粒のような人々だ。
　——新田亮は、屋根の上に立っていた。
　それは理解できた。
　理解できたが納得はできない。何故こんなところに登ったのか、状況が分からない。そもそも此処は何処だっけ。混乱する亮を助ける誰かの声が飛んできた。

『説明しよう！　悪の組織よって改造された新田亮は、被害の拡大を阻止する為にヒーローとなったのだ！』

　誰の声と言うよりこれは……、なんとなくテレビで聞いたことがあるような滑舌の良いこの喋り方は……。
「ナレーション？　……は？　意味が分からん」
　思わず独り言がついて出た。本当に『何故』の一言しか出ない世界の中で、『改造ヒーロー』の文面を頭にめぐらせていた亮は、思わずニヘッと笑ってしまった。
（でも格好良くて好きかも）
　悪と戦うヒーローと言えば、男児ならばほぼ全てが憧れる存在だ。もうそんな年齢ではないと思いつつも、反面まんざらでもない気持ちが湧いてくる。
　そんな時、例のナレーションが彼の行動を促した。

『さぁ新田亮！　ベルトのボタンを押して変身だ！』

「え？」
　亮が首を下に曲げると、ベルトのバックル部分がこれみよがしな変身アイテムになっていることが分かった。
「ああこれ？」と何の気なしに彼は指を伸ばした。
　瞬間。亮の全身が赤い光に包まれて輝き出し、そして——。

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