伊橋 陽毬が気づいた時、彼女は19世紀の建物のように重厚な石造りの広い広い廊下に立っていた。
家具すらない部屋からバルコニーへ、陽毬を導いたのは青くきらめく光だ。
青色の正体は一面の水だった。金魚たちが美しい尾びれを自慢するように泳いでいて、膝を曲げて覗き込むと空の代わりに波打つ海面が見える。
「——綺麗な夢だね、今度はどんな設定?」
陽毬は同じように不思議な光景を見ている人々の中から、手すりに背中を預けて腕を組んでいた寮のルームメイト
大道寺 紅緒に声をかけた。
夜にベッドに入った時を覚えている。だからここは紅緒のろっこんで意識が繋がった紅緒の夢の中だと思っていたから不思議はない。
しかし紅緒は「否」と首を振った。
「印象派の絵画の如き情緒豊かな感覚的表現。これは乙女の鮮血より創られし悪夢に非ず。水は死と誕生を意味する命の象徴。そして沈みし都は——」
紅緒の難儀な言葉による分析が始まりかけていた時、ふと背後に気配を感じて陽毬は振り返った。
「これ、俺の夢だと思う」
9歳前後の子供……とは思えない落ち着き払った喋り方の少年が、少し困惑した顔で立っていた。
† † †
「泉君……髪が紫じゃないっ!?」
「そこは『子供になっている』と突っ込むところですわよ。まあ新鮮ですわね、貴方を見下ろすと言うのは」
紅緒はふふんと鼻を鳴らして、珍しく低い位置に見える
日本橋 泉の頭をポンポン叩いた。
初対面の際に年上だと勘違いした中学3年生の小さな頃を見るのは、夢の中でしか出来ない新鮮な体験だ。
泉がこの夢の主人だからこそ、容姿まで大きく影響を受けているのだろう。
そして
彼の夢の中に皆を導いたのは、紅緒自身のろっこん能力だと理解した。
「『付近にいる人の夢とつながる』私の
ろっこんが暴走して、皆さんの夢と繋がってしまったのでしょう。
ここが貴方の夢だとしても、
以前のようにストーリーを完成させれば脱出出来る筈ですわ」
「そういう仕組みならなら、多分大丈夫だ」
泉が顎でしゃくった物陰から、もう一人少年がひょこっと顔を出した。
「You are late!」
少年は灰色の瞳をにこっと細めて泉の手を引いた。泉の視線に促されて皆は彼について歩く。陽毬は後ろから少年を見つめ、特徴から友人の
イリヤ・ジュラヴリョフに思い当たった。
「この子イリヤ君?」
「そう。
小さい頃に一度だけロシアに行った事がある。街で迷子になってた時、偶然会ったイリヤが宿泊先のホテルまで案内してくれた」
「じゃあこのイリヤ君は泉君の夢の中のイリヤ君だから……つまり夢のNPCみたいな感じなんだ」
「いつもの夢はだいたいそこまで思い出したら終わるから」
「ではこの『コイリヤ』について行けば良いんですのね」
紅緒がコイリヤと命名した泉の夢のNPCの小さな少年についていけば、自然とゴールに辿り着いて夢から目が醒めるだろうと皆思っていた……。
こうしてコイリヤついて歩き夢の出口を目指していたのだが、作家紅緒の頭は、こんな夢の中ですら絶えず回転していた。
「水に沈む都の中、案内役の少年と、迷子の少年。そして彼らについていく私たち……。ふ、ふふふ」
にやける親友の顔に不穏なものを覚えた陽毬の心配は、直後に現実となった。
「居たぞ! あのガキだッ!!」
「仲間が増えている!? 奴等も秘密を!? いいだろう、皆まとめて始末してやる!」
男が現れこちらを指さすと、背後からぞろぞろと軍服に身を包んだ兵たちが銃やサーベルを片手に駆けてきた。
「これって逃げた方がいい!?」
陽毬の問いかけに答えるより早く、皆は走り出していた。紅緒が誤魔化すように笑っている。
「私がつい悪の将校の裏取引を見てしまった東洋人の少年と、彼を助ける不思議な少年。そこへ将校の悪事を暴こうとする人々が協力して……なんてストーリーを思いついちゃったものだから」
「
紅緒ちゃんの妄想もとい夢が、泉君の夢に混ざっちゃったって事!?」
「この方がストーリー性があって面白いでしょう? 折角ロシアっぽい舞台だし、登場人物は多く複雑に。なーんてえへへ……
すみませんでした」
「もおおおおっ、紅緒ちゃんたらっ!」陽毬は顔を真っ赤にしながら走りつつ、あれでもないそれでもないと想像した。
「これならッ!!」
彼女がバンっと勢いよく開いた扉の先は、舞踏会の会場だった。人で溢れた広間で、悪役たちも簡単に追ってこられないようだ。
「皆こっち!」舞い踊る人々の豪奢に広がったドレスの間を抜けながら、陽毬は皆を振り返った。
「紅緒ちゃんがロシアっぽいって想像したなら——、
捕まったら上中下巻完結のロシア文学並みにめっちゃめちゃ長いお話になって、なかなか夢から醒めなくなっちゃうかも!?」
どうしようとざわめく声たちへ、陽毬は解決案を叫ぶ。
「とにかく私たちに
都合の良い夢を想像して! 自分の夢にしてここに繋いで、追っ手から逃げなきゃ!」
皆さんこんにちは、東安曇です。
今回のシナリオの目的は、『大道寺 紅緒の妄想劇場ろっこん——紅緒ドリームと混ざり合った日本橋 泉の夢を終わらせて、PCが目覚ましをかけた時間通りに起床出来るようにする。再び』、です。
ストーリーに直接的な繋がりはないので、以前のシナリオに参加していない方でもご参加頂けます。
クリア条件とアクションについて
今回は泉の夢『迷子になっていたところをコイリヤに助けて貰って宿泊先に帰れた』がベースになっています。
そこへ紅緒の妄想『PCたちを暗殺しようとする追っ手(悪役)』が追加され悪夢になり、『追っ手から逃れる』必要が出てしまいました。
PCたちはガイドの陽毬のように、自分の想像した何か(もの、人物、シチュエーション、ストーリーなど)を介入させることで夢のストーリーを動かしたり敵を迎撃しつつ、ゴールのホテルを目指して下さい。都合のよい人物を自分やPC同士で演じることも可能です。
【アクションと反映について】
PLはアクション欄に『自分の考えたもの、人物、シチュエーション、ストーリーなど(及びその際のPCの役割)』をご記入ください。
頂いた物語をマスター側でつなぎ合わせ、ごった煮に致しますので、参加PL同士の考えたアクション(物語)がてんでバラバラでも構いません。状況的に逃げながら慌てて考えついたものなので、内容がどんなものでも構いません。
過度に残酷な描写や性的、下品なものは反映出来ない可能性が高いので、そちらだけお気をつけください。
また、全てが適当にくっついていくので、内容はシリアスにはなりづらいでしょう。
他PLさんの考えた物語の中で、提案された配役が割り当てられることが御座いますので、あらかじめご了承下さい。
夢について
今回は泉の夢『水に沈んだロシアっぽい街』からスタートし、PCのアクションによって形を変えていきます。
ただしゴールは『泉がロシアで泊まっていたどこかのホテル』なので、そこに着地出来るようにご注意ください。
暴走中の紅緒ドリームの中では、PCが大人の姿や子供の姿になったり、想像するだけで好きな服装になったり、適当な建物やアイテムを登場させられますが、別人に変身するなど外見が著しく変化することは有りません。
今回はガイドに登場した踊る人々のようなモブも登場させることが出来ます。
特殊なシナリオですので、サンプルアクションも是非ご参考下さい。
NPC
追っ手(悪役)
「偉い将校っぽい男、と、その部下っぽい兵っぽいのがいっぱいいて、銃とか剣とか持ってて……」つまり詳しい設定は紅緒もきちんと想像していませんでした。
泉>PCたちの順に狙ってきます。
大道寺 紅緒
寝子高1年のライトノベル作家。『締め切りに追われてるときに眠ると、付近にいる人が紅緒の夢の世界に入ってしまう。自分の夢が夢の中にいる人とつながる』ろっこんを持っています。
この能力が暴走し、彼女の近くにいなかったPCたちも夢の世界に閉じ込められています。
日本橋 泉
寝子中3年のベーシスト。幼い日に迷子になった時に偶然出会った子(イリヤ)に助けて貰った思い出を夢でみており、自身も9歳前後の幼い少年の姿になっています。つまり見た目は子供、頭脳は中坊!
ゴールへ案内してくれるコイリヤと、ゴールのホテルは彼しか知らないものですので、彼が敵に確保されるとPCたちはゴールできなくなってしまいます。
伊橋 陽毬
寝子高1年のプロコスプレイヤー。ルームメイトとして紅緒のろっこんに何度も巻き込まれている経験から、紅緒ドリームの知識が豊富です。
コイリヤ
寝子中3年のイリヤ・ジュラヴリョフが幼かった日を泉が思い出し想像した『夢の中のNPC』。イリヤ本人ではありません。
PCたちを悪夢の出口まで導きます。(※日本語も通じます)