霧の中に佇む花｜リアクション

霧の中に佇む花

●桜の面影、新たな季節●

　5月の教室、日中は初夏とは思えない暑さだったけれど、陽の傾きと共にそれも徐々に収まってきた。
　開け放たれた窓からは、涼やかな風が吹き込んでくる。
　水で延ばした水彩絵の具も、筆を走らせる側からどんどん乾いていく。
　それ故に、滲みの技法はあまり使われず、はっきりしたコントラストが春らしい彩りを演出していた。
「……なかなかの出来栄えだ」
　完成したイラストを持ち上げて、少し離して眺める月詠の口許に笑みが浮かぶ。
　ひらひらと薄紅の花弁を散らしていく桜の下に、微笑む黒髪の娘。
　桜の季節は短いけれど、この絵の中ならいつでも満開の桜と一緒だ。

　修や葵たち新聞部が三百年桜や寝子島の昔話を纏めた記事は、寝子島に愛着があったり神話や民話などが好きな生徒たちには特に好評だった。
　この記事を期に、より寝子島に興味を持った生徒もいるようだ。
「このモデルさん、綺麗ね。寝子島の人なのかな？」
「どっかですれ違ってるかもね～。これだけの島だし、世間は狭いっていうし！」
　掲載されているキヌの写真を見た生徒たちは、概ねそんな反応だったけれど。
　九夜山のおキヌさんが本当に存在しているのは、会いに行った面々が知っている。
　これからは会う機会も増えるだろう。
　山で起きる不思議な出来事は、大変な事も素敵な事も、きっといっぱい。
　楽しみや不安、それぞれの気持ちを胸に、壁に張り出された新聞を眺めた生徒たちがその場を離れ、歩き去っていくのだった。

「良かった、桜は無事に根付いてくれたようだ」
　ひらひらと薄紅の花弁を散らす数本の桜の木を見上げ、青年は安堵の笑みを浮かべた。
　けれど――暫くすると、笑みは消え神妙な顔つきになる。
「キヌ、私もとうとう所帯を持つ事になったよ。
　親父様や長老たちの勧めから、逃げられなくなってしまってな。
　相手は君も知っている……
　……気立ての良いしっかりものだ。良い母親にもなろう」
『そうですね、あの方なら……』
　青年が語り掛けている筈の娘は、彼の背後にそっと立っていた。
　落神が去ってから数年。
　娘の姿も声も、人にはもう届かない。
「なあキヌ、私は」
　言い掛けて、青年は口を噤んだ。
　緩く首を振る後姿を、娘は見詰めていた。
　桜の花弁は何言うでもなく、二人の間に舞い落ちる。
「生まれ来る我が子たちには、君の話をするよ。
　海の娘の事を思えば、大っぴらには出来ないが……必ずや子々孫々に伝えていこう」

　あの約束を、いつか果たす為に……。

　瞼を開けば、広がるのは芽吹いた命の萌ゆる季節の景色。
　太陽の光を一身に受け止める緑を宿した枝に、ゆらりゆらりと霧が掛かった。
　さして光を遮る事もない淡い霧の中、ひとつの影が佇んでいる。
　絹のような艶やかな黒髪を棚引かせた、着物姿の娘だ。
　彼女は目の前にそびえる大きな桜の木を、仰ぎ見た。
「……イタビ様。約束は果たされました」
　そう呟いて、優しげな笑みを浮かべる。
　落神の影響と細々と残された伝承、それが結びついて彼らをここに連れて来た。
　袖に入れていたポラロイドの写真を取り出して、しみじみと眺めた。
「良いのでしょうか？　私、また皆さんと過ごせるなんて……」
　彼らは言った。
　共に生きようと。
　落神が帰った後も、消えずに済む方法を探すと。
　頬を伝うぬくもりは、悲しみのせいじゃない。
　そんな娘の姿を見守るように、立派な佇まいの三百年桜はただ静かに、さわさわと木の葉を鳴らし木漏れ日を降り注がせていた。

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あとがき

担当マスター：羽月ゆきな
ファンレターはマスターページから！

『霧の中に佇む花』をお送り致しました。
お陰様で、キヌとの邂逅は無事に果たされ、交流が結ばれる事となりました。
キヌと三百年桜に会いに行かなかった方以外でも、例外としてキヌには会えたものの三百年桜の許には辿り着けなかったキャラクターさんもいらっしゃいますが、理由はリアクション本文に明記してあります。
これはアクションの内容を鑑みたマスタリング結果ですので、ご了承下さい。
キヌは今後、九夜山関連のシナリオガイドで登場する事も増えるでしょう。
助けを求めてかも知れませんし、一緒に遊びに行こうという内容かも知れません。
その際は、是非力を貸してあげたり、一緒に楽しんだりして頂ければ、キヌも喜ぶのではと思います。
市街で聞いた昔話も、今後関連するシナリオが出てくる可能性があります。
お楽しみに。
この度はご参加、ありがとうございました！

アクションの内容に関しましては、今回は殊更フリーダムすぎる方が目立っていたように思います。
シナリオの本筋から外れていたり、シナリオと関係のないアクションや確定アクション（相手や対象の状況などを一方的に決め付けてしまうアクション）はご希望の結果に結びつき難いケースも少なくありません。
場合によっては担当マスターが困ってしまったり、描写が大幅にカットになったり、ご自分のキャラクターが甚大な不利益を被ってしまう事もありますので、ご注意下さい。

また、GAはグループとして一緒に行動するというアクションになりますので、出来る限り一つに絞って頂けますと幸いです。
いくつものGAを跨いでしまうと、その分アクションも大味になってしまいますし、マスタリングの結果次第では別々の場所でそれぞれのGAが同時に動き、どちらかをすっぽかすような状況にもなりかねません。
そうなってしまいますと、一緒に行動すると約束を取り付けていたプレイヤーさんに対しても、あまり誠実ではないように思います。
（他のGAやキャラクターさんと情報交換や、交流などのお約束がある場合は、その旨を言及して頂ければ大丈夫です）

今回、猫鳴館周辺の話題を描写するに当たり、運営及び猫鳴館関連と猫鳴館での泉先生を多く担当されている笈地マスターに見解やご意見を賜りました。
この場を借りて、御礼申し上げます。

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シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧