帰りのホームルームが終わり、学級委員の活動に向かおうと廊下に出た
小泉 和は、丁度隣のクラスの教室から出てきた
泉 竜次先生に呼び止められた。
「君がトレッキングの時に撮ったという映像を動画サイトで観たOBから、面白い話を聞いてな」
「面白い話ですか?」
不思議そうな顔をした和に、泉先生はスマートフォンを出してネコ動にアップされている動画を再生した。
ほんの一月程前なのになんだか懐かしい、レンズ越しの映像。
『ついに、ついに幻の桜に辿り着きました……!』
それは、あの日幻と言われた三百年桜を見た時に、彼女が実況しながら感極まって発した言葉だった。
満開の桜に囲まれ、開けた場所にそびえる大きな桜の木と、それに向かって凹凸のある地面を進む生徒たちの姿が映し出されている。
そして、カメラは彼らと三百年桜を優しげな微笑で見守る、着物を纏った黒髪の女性の姿も時折写していた。
「寝子島では時々、書物には記されず口伝にしか残っていない昔話が見付かる事があるんだ。
OBの彼は、この女性は自分の家に伝わる話に出てくる
『九夜山のおキヌさん』じゃないかと言っていたよ」
「九夜山の、おキヌさん……」
和は耳にした名を反芻した。
そういえばあの時、彼女の名前を聞いた者はいない。
泉先生は頷いて、OBから聞いた昔話を口にした。
――かつて、落神様の来訪によって混迷をきたし、飢饉に見舞われていた時代。
寝子島に暮らす狩人の若者・イタビは、九夜山で目ぼしい獲物を追ううちに奥へ奥へと進み、やがて立ち込めてきた霧に迷ってしまう。
そこへ「お困りですか?」と声がして、イタビが振り返ると美しい娘が立っていた。
事情を話したイタビを、娘は霧が薄く集落に帰れる場所まで案内してくれた。
「ありがとう、私はイタビだ。君の名は?」
イタビが礼を言って名を聞くと、娘は困ったように首を傾げる。
「私には、ナというものがありません」
一体どういう事かと尋ねると、彼女は自分が何者かも知らず、気が付いたらここにいたのだと話した。
イタビは物の怪の類かと思いながらも、助けてくれた事や悪い気を感じない事から、娘は落神の力の影響で生まれた山の精なのではないかと考えた。
「君の黒髪はまるで絹のように美しい。名がないというのなら、今日から君の名はキヌだ」
イタビから名前を贈られたキヌは、大層喜んだ。
それから、彼と彼の集落の仲間たちに不思議な事が起こるようになる。
山に出れば、必ず飢えを凌ぐだけの獲物や木の実、山菜などを持って帰る事が出来るようになったのだ。
イタビの話を聞いた彼らは、キヌを山の神と思い喜んで集落に迎えようとしたが、キヌは首を振るだけ。
「私は、ひとたび霧の中から出てしまえば、長く生きる事は出来ないでしょう」
人々は残念がったが、代わりに彼らがキヌに会いに行く事にした。
キヌとイタビ、集落の人々はしばらく楽しく平和に過ごしたが、それも落神が天に帰るまでの事だった。
不思議な事が起きなくなり、島に平穏が戻ってくると共に、キヌの姿は日に日に薄れていく。
キヌは悟り、涙を流して言った。
「私はずっとここにおります。
けれど私の姿が見えては、皆さんの平穏な暮らしを乱してしまうという事なのでしょう」
皆キヌとの別れを悲しんだが、どうする事も出来なかった。
「――その後彼らとその子孫は、災難にも遭わず穏やかに暮らしていったという話だ」
言葉を切った泉先生は、しみじみと窓の外の景色を見てから視線を戻した。
「会いに行ってみないか、その女性に。
千年以上も前の人物が実在するというのなら、確かめてみたくはないか?」
「せ、千年前……!」
目を丸くする和に頷いて、泉先生は近くで聞き耳を立てていた生徒たちにニッと笑った。
こんにちは、羽月ゆきなです。
今回は、プレシナリオ『桜を訪ねて、九夜山トレッキング!』で登場した桜の群生地に、再び向かう事になります。
三百年桜のある場所を目指し、おキヌさんと思しき女性に話を聞いたり、交流したりというのが主なリアクションの内容になる予定です。
どうぞ、よろしくお願い致します。
泉先生は高齢ですが、下手をすると生徒たちより元気ですので、山登りも結構へっちゃらです。
今回は特に探し出すアクションがなくても、会いたいという思いで桜の群生地の奥へ向かえば女性と会え、三百年桜のところにもいけますのでご心配なく。
また、体力に自信がない・山登りはちょっとなぁ……というキャラクターさんは、市街地で泉先生から教えて貰ったお年寄りの集まるスポットにお茶を飲みがてら昔話を聞きに行くのも良いでしょう。
その場合は、
・旧市街:千治(せんじ)さん(68歳)管理の寝子島魚市場近くの集会所
・星が丘:エリザさん(76歳)の邸宅
のどちらかを選んで下さい。
場所によって集まるお年寄りの層もちょっと違ってきますので、聞ける話も違うでしょう。
お年寄りたちは、生徒さんくらいの年齢の子を可愛がってくれるような人となりだと想像して頂ければと思います。
それでは泉先生と一緒に、密かに受け継がれてきた伝説を紐解く物語を、お楽しみ下さい。