●星ヶ丘エリア・逆境（３）●


【ホテル１０Ｆ：エレベーターＡ扉前】

　サキリ・デイジーカッターが２０階のレストランから、この１０階エレベーターの乗り場まで飛んでくるのは容易かった。エレベーターの乗り場は当然ながら、全階同じ場所だ。そして獅子目 悠月からのメールで、故障した問題のエレベーターが、９階と１０階の間で止まっていることも、すでに分かっている。
　水平方向と垂直方向の座標が、既に判明しているのだ。場所さえ正確に分かっていれば、後はそこまで、ろっこんで飛ぶだけ。たった２回の瞬間移動で、エレベーターの乗り場の前まで到達したサキリは、そこで一緒に連れてきた新江 天懸の方を振り向いた。
「扉が３つあるね……一体どれが、獅子目たちのいるエレベーターだろう？」
　エレベーターは隣り同士に全部で３基あった。階数ランプを見てみると、そのうち９Ｆの表示で止まっているエレベーターが２基ある。いちばん右と真ん中の２つだ。
　そのうちのどちらに要救助者がいるのか、新江にもさっぱり見当はつかなかったが、
「面倒くせえ、片っ端から見てみりゃ分かるだろ。俺が扉をぶっ壊す」
「えっ、壊す……だって？」
　新江が右耳の傷口に手をやり、血を擦り付けた指先でそのまま、真ん中のエレベーターの扉に触れる。すると接触した面からみるみる扉が、透き通ったガラスへと変わっていくではないか。
　無生物をガラスに変える。これが新江の獲得した【アンハッピーバード】の新たな進化能力だ。
「だりゃ！」
　持ってきたモップの柄で、そのガラスの中心を砕き、乗り場側のドアを強引に破壊する。ギザギザに開いたその穴を見て、へぇ、とサキリが感嘆の声を漏らした。
「なかなかやるね、新江。使い勝手の良さそうな能力だ」
　そして顔を揃えてシャフト内を覗き込み、そのすぐ下で進退窮まっている、壬生 由貴奈と天馬 ひびきの２人を発見したのだった。
「よっしゃ、まだ生きてるな、見つけたぜ！」
「待たせたね皆、助けに来たよ」


「おーナイスタイミングだよぉ、さっきー！」
「まんぼうちゃん、皆が来てくれたから大丈夫だよ！　あと少し頑張ってね」
　ぱっと顔を輝かせて喜び合う、由貴奈とひびきの２人を見て、
（あれっ？　でも獅子目たちがいないな。それに要救助者は４名の筈だが）
　サキリはすぐに、これはメールで知らせがあったのとは違うエレベーターだと気付いたが、けれども救出すべき要救助者であることには変わりない。中にまだマンボウくんが取り残されていることを聞くと、すぐに彼らもシャフト内に降り、新江と２人で救出口の中を覗き込む。
「わあ〜ん、ボクを助けてぇ〜。わわわ、床もすっごく熱くなってきたよぉ〜」
「オイしっかりしろ！　焼きまんぼう君になりたくねーだろ！
　根性入れて上に伸びるんだ！」
　新江は悲鳴を上げまくっているマンボウくんを励まし、何とか救出口から引っ張り出そうとする。けれどもやはり着ぐるみがつっかえて、だめだ。そこで由貴奈が振り返って、サキリの顔を見る。
「そうだ。さっきーの転移能力なら出入り口に関係なく、このエレベーターの中から
　マンボウくんを脱出させられるんじゃないかなぁ？」
「あ、そーだよな」
　やはりサキリのろっこんでここまで瞬間移動してきた、新江もそれに気が付く。サキリ自身、もうその方法しかないようだと判断していた。救出口から身軽に滑り降り、優しい笑顔でマンボウくんを安心させると、その着ぐるみを抱きかかえて【斬空赤刃】を発動させる。



「行くよ、マンボウくん……！」


「……あれ？　何だ、この着ぐるみは」
　轟々と燃え盛るステッラ・デッラ・コリーナから、少し離れた地上で。
　抜け殻のようにだらーーんと垂れ下がった着ぐるみを手に、サキリが困惑の表情を浮かべる。



【ホテル９〜１０Ｆ：エレベーターＡ】

　脱皮した着ぐるみを手に、すぐさま元のエレベーターに再転移すると、さっきよりひと回り小さくなったマンボウくんが、そこであわあわとサキリを待っていた。
「着ぐるみの下に、また着ぐるみを着てたのか……」
　前にもあったな、こんなこと……。
「せ、先輩のサンマさんから言われたんだよぉ〜。
　いざという時の用心のためにって……（涙目）」
「わかった。でも、次は無いよ？（にっこり）」
　何故だろう、サキリが優しい笑顔を見せているのに、マンボウくんがその場でガタブル震え出した。
「きゅ、きゅ……」
「まんぼうちゃん、あと少しだけ頑張ってねー」
　ひびきの名残りのハグを受け、今度こそマンボウくんが本体ごと（？）再転移。
「きゅう！（気絶）」
　地上についた瞬間、やっぱり気絶してしまったマンボウくんを見下ろし、やれやれとサキリが肩をすくめる。
「火の届かない安全な茂みにでも隠れているように言って、
　すぐ戻るつもりだったけど……仕方ない。
　目を覚ますまで、もう少し面倒を見てやるか」
　ともかくまぁ、これで救助作業も一段落。何となくひと仕事終えた気分になっちゃった、サキリがそこで頭を振った。いや違う。そもそも自分は、獅子目 悠月たち４人の救出に、向かっていた筈なのだ。
　９Ｆの表示で止まっていた、もう１つのエレベーターのことを思い出す。
「あの中に、まだ人が……！」
　ホテルの方を振り向くサキリ、
　爆発が起こったのは、まさにその瞬間だった。


　ちゅどーーーーーーーーーーーんん！！


「！！？」
　この場所まで吹き飛んできたビルの瓦礫と爆風に、バッとサキリが身を伏せマンボウくんを庇う。
　長い時間が過ぎ、ようやく安全だと判断してサキリが目を開け、そこで目撃した光景は。
　全てのドアやガラスが爆散して消失したビルのエントランスと、内側から見るも無残に破壊されてその屍をさらす、ロビーやテナントの残骸だった。
　ホテルの１階で、爆発が起こったのだ。恐らくは、飲食店内のガス爆発。
「な……んだと……」


　
【ホテル１０Ｆ：エレベーターＡ扉前】

　ちゅどーーーーーーーーーーーんん！！

　ホテル１階で起こったガス爆発の爆風は、エレベーターシャフトを経由して、ひびきと由貴奈、そして新江の３人をも襲っていた。サキリとマンボウくんの脱出を見送った後、新江がガラス化して破った扉から、無事に１０Ｆフロアへの生還を果たしていた３人。けれども、少し歩いた所でその扉から、突如爆風が噴き出したのだ。
「痛つつ……おい、無事かよ２人とも」
　幸い、新江がその巨体で押し倒して咄嗟に２人を庇ったので、ひびきも由貴奈も共に無傷。床から身を起こした新江の背中には、爆散したガラスの破片が多少突き刺さっていたけど、こちらも騒ぐほどの怪我ではない。そのひびきと由貴奈は、たった今出てきたエレベーター坑を２人で覗き込み、
「にょえええ、エレベーターが壊れちゃってるよ！」
「本当にペシャンコだ……うわ、あのまま乗ってたら危ない所だったねぇ」
　そうやって危機一髪で助かったことを、手を合わせて喜び合う２人。けれど、新江が何ごとかに気付いて、その顔が蒼白になった。
　思い出したのだ。止まっているエレベーターは、そもそも２基あったことを。１基は、ひびき達が閉じ込められていた、真ん中のエレベーター。そして右端のもう１基は……。
　その右端のエレベーターシャフトを、祈るような思いで覗き込めば、やはり同様にワイヤーが切れて、奈落のはるか底で完全に潰れているエレベーターが見えた。
「にょっ？　もしかして、あのエレベーターにも誰か乗ってたの？」
　隣りでそう訊ねてくる ひびきに、新江は力なく頷き返す。
「ああ……恐らく、獅子目たちが」
　あの潰れたエレベーターの中で、彼ら４人がまだ生きているとは、とても思えなかった。自分たちは間に合わなかった。救出は、失敗したのだ……。


　星ヶ丘方面、逆境組・マンボウくん……サキリのレスキューでエレベーターＡから地上に生還。
　同じく逆境組・ひびき＆由貴奈……サキリ＆新江のアシストでエレベーターＡより脱出。