【バレンタイン】フェアリィテイルとチョコレート！｜リアクション

【バレンタイン】フェアリィテイルとチョコレート！

「あー、つっかれたなー！」
「お疲れ様」
「なんだよ、サヤだって疲れただろ？」

　ホテル『ステッラ・デッラ・コリーナ』でのバイトの帰り道、楢木春彦と一条紗矢香は並んで歩き、シーサイド方面へと向かっていた。慣れないバイトであった事や、言葉遣いや姿勢に立ち居振る舞いの全てに気を使わなければいけなかった事もあって、バイトが終わる頃には春彦は既にくたくたであった。
「春彦とは鍛え方が違うわ」
　紗矢香は普段から書道に合気道も嗜んでいる為、姿勢も立ち居振る舞いもしっかりとしているのだ。
「ああ、そうだわ春彦。ちょっと待ちなさい」
「なんだよ？　疲れたしさっさと帰ろうぜ」
「はい、チョコ」

　それはまるで母親が息子にチョコレートを渡すかのような気軽さで、紗矢香は春彦に綺麗にラッピングされた箱を渡す。そして春彦も、弁当を受け取るような気分でそれを受け取った。
「チョコって……まぁいっか。サンキュー」
　いくら友チョコとはいえ、こんなに雰囲気もなく渡されるとチョコをもらったという気にならないな、なんてちょっぴり失礼な事を考えながら春彦が箱を見つめていると、
「何よ？　もう少し雰囲気を出せとか言うんじゃないでしょうね」
　と、紗矢香が見透かしたかのように春彦を見つめて言った。
「いや、サヤにソレ求めてもしょうがねぇのわかってるし」
　わかてはいるけれど、男心とは難しいものなのだ。女心よりは単純かもしれないけれど。
「そういうのは彼女が出来たらお願いしなさいよ」
「うっせー、余計なお世話だっつーの！」
　痛い所を突かれて春彦はぐうの音も出ない。けれど疲れた時には甘い物、と言うし折角なのでここで少し頂こうと赤いリボンをそっと外した。箱を開ければ見た目も美しい和風のチョコトリュフが出てきて、春彦は目を輝かせる。
「トリュフじゃん、うまそ～！」
　さっき言われた事をすっかり忘れて嬉しそうに手を伸ばすと、紗矢香が思い出したように言った。
「ああ、それと……そのチョコ」
「え？」
　伸ばした手を止めて、春彦が紗矢香を見る。
「１つだけわさび入れてあるけれど、あなた気付くかしら？」
「え゛っ！？　ワサビ入りってコレ嫌がらせかよ？」
「そんな訳ないでしょう、食べ物で遊んだりしないわよ。風味づけで入れただけで辛くないわよ」
　紗矢香がそう言うのならばそうなのだろうと、春彦は思い切ってトリュフチョコを摘む。そして口の中に放り入れた。
「お、うまっ！　やっぱサヤは菓子作んの上手ぇよな。普通のチョコより甘さ控えめな感じ」
　また、黄粉や餡子が練り込まれている為、とても上品な味わいがする。もう１つ、と春彦はトリュフを口に入れていく。
「美味しい？　そう、それは良かったわ」
　自分がお菓子作りが得意になったのは、どこかの誰かが美味しそうに食べてくれるからなのだけれど、と紗矢香は胸の内で呟く。そうして何度も作っている内に、自然とそうなったのだ。誰とは言わないけれど。
「ん？　あ、コレちっとワサビっぽい……ケドさっぱりしてて普通に食えんじゃん」
「言ったでしょう？　風味付けに入れただけだって」
「そうだけどさ～、甘い物にワサビって言われるとちょっと身構えるだろ？」
　へへ、と笑いながら全部食べたいところだけど残りは家に帰ってからにすると、春彦がチョコレートを仕舞う。
「ありがとな！」
「どう致しまして。まあ、その内いい人見つかるわよ。頑張りなさい」
「余計なお世話だつってんだろー！」
　ぎゃいぎゃいと騒ぎながら、春彦は紗矢香を家まで送る為、旧市街まで足を延ばすかと考えるのだった。