今日から転校生｜リアクション

今日から転校生

　四年一組
　八神修は黒板を背にして立っていた。横目で見ると先生がにこやかな顔で言葉を待っている。
　――俺は寝子小に転校したのか。いつの間にかランドセルまで背負っている。神魂による異変かもしれないな。他にも巻き込まれた者はいるのだろうか。
　修は生徒達の顔に注目した。
　――知り合いは誰もいないか。あおいの小学生になった姿も見たかったな。今よりも小柄で、今以上に愛らしかったに違いない。
　修は急に顔を左右に振った。隣にいた先生が心配そうに声を掛けてきた。
「どうかしましたか？」
「いえ、別になんでもありません。自己紹介ですよね」
「元気な声でお願いします」
　先生のやんわりとした対応に修の表情も柔らかくなる。自然な姿で生徒達と向き合った。
　――俺はロリコンではない。その証拠にクラスの女子を見てもトキメキはない。俺は正常だ。
　心の中で拳を握る。
「今日、寝子島小学校に転校してきた八神修です。みんなと早く仲良くなりたいので、質問があればどんどん聞いてください。授業中は困るので休み時間にお願いします」
　話の区切りとして修は軽く頭を下げた。割れんばかりの拍手が起こる。生徒達の力一杯の歓迎に修は笑顔で答えた。
　一時間目の理科を難なくこなした修は早速、休み時間に生徒達に囲まれた。方々から質問が飛び交う。
　修は落ち着くように言って一人の女子に手を翳す。
「あなたからどうぞ」
「えっと、前の学校はどんなところ？」
　モジモジして女子は口にした。頬が少し赤くなっている。
「前の学校にはおっきなお友達がいたね」
「修くんよりも大きいの」
「そうだよ。たくさんいたよ。巨人みたいな人もいたなぁ」
　その話に男子が、すげぇ、と食い付いた。その勢いで聞いてきた。
「どんな授業があったんだ。やっぱ、すげえのか」
「ガスバーナーを使った実験とかしたよ」
「それって火がドバーって出るヤツだろ」
「そうだよ。怪獣が火を吹くみたいな感じだね」
「カッケ―」
　鼻の穴を広げる男子に修は、カッケ―、と声を合わせた。盛り上がりの輪に入りたそうにしていた女子が遂に口を開いた。
「その学校でね、遠足とかある？」
「遠足はないかな。修学旅行では別の県に行くよ。そんな時はホテルや旅館に泊まったりするね」
「マクラ投げ！」
　一人の男子が手を挙げて叫んだ。他の生徒も同じ言葉を連呼した。
　その後も質問は続いた。修は言葉を選んで丁寧に答えた。仲の良い友達を聞かれた時は少し表情が緩んだ。
「いたよ。今でも、ちょっとね」
　控え目に笑ったところで先生が訪れた。残念そうな表情の女子に、またね、と手を振って修は授業の用意を始めた。

　笑顔と会話に囲まれて修は掃除の時間を迎えた。机を軽々と持ち上げて隅に寄せると歓声に似た声が起こる。高いところの窓拭きも率先して行った。女子から黄色い声が寄せられ、男子の冷やかしに苦笑した。
「これで全部だね」
　全てのことを遣り終えた。綺麗になった教室に修は満足した笑みを浮かべる。
「もう、帰っちゃうの？」
　長い髪の女子が上目遣いで聞いてきた。
「そうだね、残念だけど」
「……修くんは、どんな女子が好き？」
　髪を指で弄りながら目を逸らす。修は考えるような間を空けた。
「長い髪の女子はいいよね。髪型は左右を結んだツインテールがいいかな」
「そう、ありがとう」
　ぺこりと頭を下げて数人のグループのところに走っていった。
「なんか、照れるね」
　修はランドセルを背負うと足早に教室を後にした。

　翌日、修は高校の制服を着て出掛けた。
　――ランドセルはいつの間にかなくなっていた。通常の状態に戻ったということなのだろう。
　納得したところで修の足が遅くなる。前方を小学生が歩いていた。長い髪を左右に結んでツインテールにしていた。
「覚えていてくれたんだね」
　ささやかな喜びを胸に秘めて共に歩く。修は高校の正門を通り、そっと少女に別れを告げた。

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