今日から転校生｜リアクション

今日から転校生

　三年四組
　仙藤紫はベッドの中で安らかな寝息を立てていた。
　窓の近くにいた鳥達が朝を促すように囀る。紫は寝返りを打った。町の活気付く音が部屋に満ちてゆっくりと瞼を開けた。
　眠そうな目が時計を見遣る。いつもと同じ時間に軽く溜息を吐いた。
　――大学の一般入試の関係で、今日は自由登校日になっているのに。日頃の習慣ってなかなか抜けないものね。
　気だるげに立ち上がって伸びをした。
「……用事を思い出したわ」
　紫は高校の制服に着替えた。手軽な朝食を済ませると、柔らかい朝陽の中に踏み出していった。

　紫は渋面を作って授業を受けていた。周囲の生徒はそわそわした様子で視線を送る。
　黒板には簡単な漢字が書かれ、先生に当てられた生徒が悩みながらも読み仮名を答えていた。
　紫は何度目かの溜息を吐いた。
　――私は用事を思い出して高校に行ったのに。
　不満げな目で教室を見回す。幼い顔立ちの生徒達と視線が合った。無邪気に手を振るので適当に返した。
　――三年のクラスではあるけど、ここって寝子小よね。どうして私が転校生で授業を受けているのかしら。まるで意味がわからないわ。
　黒板の漢字に目を向ける。右端から順番に答えを呟く。隣に座っていた女子が、すごい、と目を丸くしていた。自慢するでもなく、紫は小さく手を振った。
　――こんな簡単な問題で褒められても……。私が小学生の頃は、難しく感じたのかもしれないわね。
　座り心地が悪いのか。少し身体を動かした。鈍い痛みがあるかのように表情が歪む。
　――小学生の使う机って、どうしてこんなに小さいのよ。座り直すことも難しいし、無理に折り曲げた身体のせいで、なんか息苦しさを覚えるのよね。
　大きく息を吸って吐いた。
　――思えば私の身長が伸び出したのは小学生くらいの頃なのよね。今は１７２センチだけど、もしかしたら、まだ伸びるかもしれないわ。
　意識して呼吸を繰り返す。
「では、この残りの問題を……」
　先生は教卓の上の名簿を開き、つらつらと眺める。一点に目を留めると紫の名前が呼ばれた。途端に表情は明るくなり、伸びやかに立ち上がった。
　群を抜いて高い身長に改めて驚きの声が上がる。制するように両腕を広げた。神々しい姿となって問題に答える。神託に耳を傾けるかのように生徒達は一様に口を閉じた。
「よく出来ました」
　先生の言葉を皮切りに盛大な拍手が送られた。紫は軽く微笑むと静かに席に着いた。

　休み時間に入る度に紫は生徒達から質問を受けた。身長の高さを聞かれた時には毅然とした態度で答えた。
「偏食に陥らないように自分を律して、そうね、適度な運動と睡眠を心掛けることかしら。高い集中力があれば、苦になるようなことではないわ」
「すごい、なんかすごい！」
「意味がわからないけど、なんかすごいことはわかる、みたいな！」
　尊敬の眼差しを一身に受ける。生徒達の興味は加速した。
「この学校の前は、どこの学校にいたの？　やっぱり、すごいところなのかな」
「前の学校は、そうね」
　紫は返答に窮した。
　――高校の話をしても通じないと思うし……そうね、嘘を吐かない範疇でぼかすしかないわね。
　神妙な顔付きで、実は、と声を落とす。釣られた全員が顔を寄せてきた。
「これは秘密の話なんだけど、前の学校には特別な力を持った人間がたくさんいたわ。そこに私は潜り込んでいて色々と調べながら学校生活を送っていたの」
「なんか、カッコイイかも」
　男子が目を輝かせた。その熱は周囲にも伝わって話の先を促す。
　一層、声を潜めて続きを話し始めた。
「それで色々とあって、私は寝子小に転校した。理由は教えられないわ。みんなを危険に巻き込んでしまうかもしれないからね」
　生徒達は、おおー、と言いながら仰け反った。刺激的な話に興奮は頂点に達した。

　数時間後、紫は伝説となる。謎のさすらい転校生としてクラスを賑わせるのだった。

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