今日から転校生｜リアクション

今日から転校生

★聖百合丘学園★

　新田亮は教室にいた。全員が見えるところに立ち、下がりそうになる頭を引き止めて懸命に抗う。
　――どうして俺はこんなところにいるんだ。
　女子の好奇な目が集まる。男子の姿はどこにもなかった。
　名前だけを名乗り、自己紹介を終えた。口を真一文字に結び、用意された席に着いた。待ち構えていたかのように隣から声を掛けられた。
「今年から共学になったんだけどさ。よく転校なんてしてきたよね」
「好きで来た訳じゃない」
　正面を向いたまま、素っ気なく返した。
「ふ～ん、そうなんだ。ま、どっちでもいいけど、ホームルームが終わったら教室から出ていってよね」
「どういう意味だ？」
「一時間目は体育なのよ。それとも一緒に着替えてみる？」
「俺は男だ。そんな真似が出来るか」
　目を怒らせて言った。
「見ればわかるわよ。背が低くてもね」
　クスクスと笑う相手に亮は鼻息を荒くした。

　体育館でバスケットボールが行われた。紅白に分かれて試合形式で進む。
　亮は白組に入っていた。俊敏な動きで相手を翻弄、幾つものゴールを決めた。相手のチームは長身を活かし、ゴール下を支配した。
　パスを回しながら亮は横目をやる。得点ボードでは七点差、白組が負けていた。
　――俺は諦めない。スリーポイントが得意な奴にボールを集めて絶対に逆転してやる。
　試合の後半に入っても走力は衰えなかった。高速フェイントを入れて相手チームを攪乱した。
　ホイッスルが鳴り響くまで、亮は決して諦めなかった。

　昼休み、隣の女子に誘われて食堂に向かい合って座った。亮は日替わり定食の焼き魚に齧り付く。
「それにしても驚いたよ。あの点差で勝てるなんて、思いもしなかったよ」
「どんな時も全力で挑む。それが俺の信条だからな。それより、お前、口にケチャップが付いてるぞ」
　指摘されて何気なく舌で舐め取る。亮は咄嗟に目を逸らした。玉子焼きに当たるように箸で切り刻む。
　――なんで俺がドキドキしないといけないんだ。
　女子はオムライスを頬張り、話を続けた。
「どうして全力？」
「……俺は昔、よく虐められた。腹は当たり前で顔とかも殴られた。親に聞かれた時には転んだことにした」
「ごめん、聞かないほうが良かったかな」
　伏し目がちに聞かれた亮は首を横に振った。
「不甲斐ない自分が情けなくて、俺は格闘技を学んだ。全力で肉体を鍛えて困難な状況を乗り越えたんだ」
「そうなんだ。それを聞いて安心したよ」
　柔らかい笑みに亮は目を細めた。
「こんな俺でも努力次第で可能性が広がる。俺は自分の中に眠る原石を掘り起こしたいんだ。全力でな」
「いいね、その考え方。私も嫌いじゃないよ」
　その笑顔に亮は動きを止めた。全く言葉が出なかった。
「どうしたの？」
　不思議そうな声で顔を寄せられて、ようやく上ずった声を発した。
「お、お前、また口にケチャップが付いてる」
「あ、本当だ」
　親指の腹で口元を擦り、濡れ光る唇に咥えた。
　――駄目だ。動悸が治まらない。
　見えない手で頭を押されているかのように亮は丸くなった。

　数日が過ぎた。
　亮は休日を利用して早朝の時間帯に聖百合丘学園へと足を運んだ。正門に背中を預けて通り掛かる人々に目を向けた。
　――彼女は部活をしている。ここにいれば会って話ができるかもしれない。
　一縷の望みで立ち尽くす。何十人と見送って、急に背筋が伸びた。
　少し生意気で笑顔が似合う一人の女子が現れた。一瞬、視線が合った。
　亮の口が微かに開く。その横を少女は何事もなく通り抜けた。
「……そうか」
　一言で歩き出す。一度として振り返らず、来た道を戻っていった。

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