寝子島グレートレース｜リアクション

寝子島グレートレース

　星ヶ丘にあるマンションの一室で深林真瞭は目を覚ました。ベッドで気だるげに上体を起こし、ぼんやりと過ごす。
　――コンサートラッシュが終わって、ほっとしただけではないわね。
　自嘲気味に口元を歪ませる。億劫な様子で立ち上がった。虚ろな目が何かを求める。
　真瞭は机に置かれた黒いケースの元にいく。中からヴァイオリンを取り出し、弓を構えて即興で弾いてみた。安定した音が室内に満ちて、瞬時に途切れた。
「音に心が乗ってないわ。それに……」
　真瞭は自身の胸を手で押さえた。
　――私の中から不快な音が漏れている。原因はわかっているわ。楽団の理事長の死が引き金になった権力争い。コンサートマスターの私も他人事ではいられない。降り注ぐ火の粉を嫌って、今は寝子島に身を寄せてはいるけれど。
　憂鬱な顔で溜息を吐いた。ヴァイオリンをケースに収めてカーテンに向かう。その足取りは重かった。
　――身体が重い。ここにきて体重が増えたのかもね。
　カーテンの隙間から外を窺う。空の圧倒的な青さに目を見開いた。
「こんな日は、歩こうかな」
　口から言葉が零れた。
　真瞭は着替えを始めた。明るい青のウインドブレーカーに白のレギンスパンツを合わせる。運動に備えて髪はアップにした。片隅の体重計は無視して、青空の下、大きく足を踏み出した。

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