誰もいない街｜リアクション

誰もいない街

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「ここは、何処だろう？」
　木陰のベンチに腰掛けながら、何度も抱いた疑問を呟く。
「私は……誰だ？」
　はっきりしているのは、強い光が怖いということだった。
　何度か立ち上がり、木陰の向こうへと出て行こうとした。そのたびに恐怖が湧き上がり、手にした日傘をぎゅっと握って時が過ぎるのを待った。
　もう少し、あともう少し。
　いつもはもっと、日が暮れてから外に出てたじゃないか。
　いつも？
　……それって、いつのこと？
　誰のこと？
　自問を繰り返すたび、時間は過ぎていく。
「……さん」
　途中で、もう一つ気づいたことがあった。
　一人でいるのがとても怖いということだ。
　その度に、誰かに助けを求めている。
　誰かの名を呼ぼうとしている。
　でも、誰だか思い出せない。
　それが、とてももどかしい。
　何もかも、わからない。
　彼女は結局、桜月という自分の名を知ることもできず……その場を動けないまま、悩みと恐怖に打ち震えていた。
　震えながらただひたすら、闇が濃くなるのを待った。
　だから、伸びてきた影が妙な動きを見せたことにも、すぐ気づけた。
「……なんだ？」
　途方にくれた視界の中で、突如現れた人形の影たち。威嚇するように近づいてくる異形らに、頭の中で警鐘が鳴った。
　まだ少なくない西日の中を、日傘を開いて逃げ出す。

　逃げ出した瞬間、『そいつら』も一斉に追いかけてきた。
　大通りから細い路地へと走り抜け、入り組んだ場所を駆け抜ける。だというのに、背後には奴らの気配が付かず離れずあった。
　どころか、不意に前方から現れたり、数が増えたりする。
「ただでさえ暑いっていうのに！」
　逃げているのは、腰まで届く亜麻色の髪を伸ばした女性だった。年は20歳前後といったところか。フードのついた男物の、緑色のコートを着ている。
「重いし丈が長いし……あっついし！」
　コートへの文句をぶつくさ言いながら、彼女は駐輪場へと入った。手近にあった自転車をつかむとくるりと回転。遠心力で投げ飛ばす。
　自転車は彼女を追ってきた影の異形を巻き込んで、派手な音を撒き散らした。
「でも……このコートは手放しちゃいけない……気がする」
　それに――、
　再び走り出した彼女は、ショートカットに通った工事現場から足場に使うパイプを拝借していた。
　前方の角から出てきた数体の異形を、出会い頭のフルスイングでかっ飛ばす。
「なんで追いかけられてるのか、なんで誰もいないのかも分からないけど……か弱い乙女がこんなに闘えるのも不思議な話よ、ね！」
　最後の一閃が、背後から迫った影を殴り飛ばし、地面でのたうつ。女性は折れ曲がって用をなさなくなったパイプを放り捨てた。
「次から次へと、『ヤバイ影』に対抗する術が思いつくなんて、思考レベル……じゃぁないよね」
　再び、走り出す。
　――きっと私、何回も鍛錬を繰り返して、無意識レベルで『動き』を身につけてるんだ。
　なぜなのか、わからない。
　敵がなんなのかも、わからない。
　ただ目指すべき場所へと、彼女は――大田原いいなは走った。