誰もいない街｜リアクション

誰もいない街

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「あーれぇ？　なんでここに……」
　目覚めると、寝子島の海浜公園にいた。
「思い出せない……」
　記憶がないと気づいて、彼女は慌てた。もっとも、それは彼女基準であって、はた目には落ち着いているように見えただろう。
「うーん、困った。そも私は何者？」
　ややのんびりとした口調で、何か手がかりがないかと探す。
　そうこうしているうち、ポケットにメモが入っているのに気づいた。
「スマホとかなかったのかなぁ」
　不便に思いつつも、記された文を読み上げていく。

『名前は壬生由貴奈。星ヶ丘駅から徒歩10分のマンション「パルラ・フラーマ」501号室に住んでる。
とりあえず、家に行くべし』

「ふーん、私は壬生由貴奈って言うのかぁ」
　ふんふんと、由貴奈はうなずく。
「それにしても……殴り書きだねぇ。急いでたのかな？」
　他には何も書かれてなかった。手がかりはそのメモ一枚だけ。いっそシンプルだった。
「じゃあ、家に行ってみようかな」
　標識とかあれば着くかなぁ、と歩き出した由貴奈は、不意に何もないところでつまずいた。
「あ、あれ？」
　振り返って何もないことを知って、由貴奈が驚く。
　今、確かに棒のようなものに足が引っかかった気がしたのだ。
　おそるおそる手を伸ばすが、何も感触はない。真横にベンチがあるが、当然誰もいなかった。
「変なの」
　首をかしげた由貴奈は気を取り直して、少ない手がかりを頼りに家へと向かった。

　足に何かがぶつかった気がして、彼女は眠りから醒めた。
「暑……い」
　嫌な眠りだった。ベンチから足を投げ出すよう寝ていたらしい。足を引っ込めて座り直すと、今更ながらに肌を刺すような暑さを感じた。うっすらと汗をかいている。服はワンピースとスカート。どうやら夏らしい。らしい、と思ったのは、なぜこんな場所で寝ているのか、皆目見当もつかなかったからだ。
「あたし、は……」
　自分の名前はわかる。「朝鳥さゆる」だ。すぐ隣に置かれていた財布を探れば、それを証明するカード類が出てくる。
「これが、あたし？」
　しかし、自分の名前の横にある写真を見てさゆるは眉をひそめた。十五歳という記載があったが、もう少し年上に感じる。
　手鏡も持っていたので確認してみれば、そこには二十一歳くらいの――どこか硬い印象を受ける整った顔立ちがあって、しばらくさゆるは当惑したように鏡の中の顔を見つめていた。
　――自分の顔を知らないということは、記憶喪失……？
　どうやらそうらしい。思わずため息が出る。一体何があったというのか。
　残念ながら、それを示す手がかりはなかった。
　見ると、倒れていたベンチには木の濃い影が覆いかぶさっていた。それがなければ、熱中症になっていたかもしれない。
　不幸中の幸いだ。
　さゆるはのろのろと立ち上がった。そのまま、熱気で揺らめく街を目指して歩いていく。
　行く当てなんてない。
　ただ、それが自分にふさわしい行動だと思ったのだった。