鬼は外、福は内、寝子島の節分祭｜リアクション

鬼は外、福は内、寝子島の節分祭

「こんにちはー、取材させてくださーい♪」
　ひどい目に遭ったわ、という表情を浮かべながら人込みに紛れようとしている仙藤紫を捕まえてICレコーダーを向けたのは、椿美咲紀だった。社務所でお祭りを取材させてもらう許可をもらったのをよしとして、手当たり次第に鬼役や豆まき役に参加の動機を尋ねたり、巻き添えを喰らった観客たちに、ねぇ今どんな気持ちですか～？　と朗らかに訪ねていたりしていた一環である。
「え、あ、その、えと……」

　仙藤紫はその日きちんとした決意をもって神社へやってきていた。
　そう、思い返せば二年前。彼女の妹が12歳、豆まき役になったときのことだった。
　妹に付き合ってあげなさいと言われた彼女は鬼役で参加。
　――あの時は、ほんっとうに大変だったもの……
　妹からだけでなく、あらゆる豆まき人に、これでもか、これでもかといった勢いで豆をぶつけられまくったことは、完全にトラウマと化している。
　二度と、鬼の役なんか、するものか。
　そう心に誓った、16の冬。
　そんなわけで今年は豆まきの風景を遠めに見て、フツウならぬ普通のお祭りとして楽しむつもりできていたはずだった――のだ。

「もう、どこ行ったのかしら……？」
　境内についてしばらくしたころ。豆まきが始まる少し前のことだ。
　妹の姿が見えず、あたりを見回していた紫。そんな彼女の耳に、鬨の声が届く。その方向に目をやれば――逃げまどう鬼役の面々の中に、14歳になる妹、蒼の姿があったのだ。

「うそでしょ……」
　鬼役をやるなんて、聞いてないわよという心中の叫びが妹に届くはずもない。あちらはといえば、群衆の中に立ちすくむこちらを認識したらしい。和風ファンタジーＲＰＧ「月華鬼譚２」に出てくる、男装をした鬼の女戦士のコスプレで参加していたかわいい妹は、実にいい笑顔でこちらに手を振って――走りよってこようとする。
　もちろん、豆まき役を引き連れて。

　さささささ、と状況を把握した周囲が引いていく中で、縦横無尽に逃げ回っていた妹が、きっちりとこちらへ照準を合わせてきているのが見え、遅まきながら、嫌な予感に襲われる。
「やっぱりこうなっちゃうのね――」
　嘆きの言葉が終わろうかという頃合いに、無数の豆が襲ってくるのが見えた。その手前には、実に楽しそうにしている妹の笑顔。
　まぁ、しょうがないかしら。どうしてだろう、不思議と許せる気がしたのだ……ちょっとだけ、こうでなきゃやっぱり違うのかな、という気持ちも。

「ほうほうほうほう、それで今日はこれからいかがされるんです？」
　ICレコーダーに一部始終を語り終わった紫へと、尋ねた美咲紀。紫はそんな彼女に、軽く肩をすくめて笑って見せた。
「とってもひどい目にあったけど……とりあえず、妹が飽きた頃合いにでもお汁粉を食べて帰ろうかしら？」
「いいですねー、楽しんでいってほしいのです。ではでは♪」