鬼は外、福は内、寝子島の節分祭｜リアクション

鬼は外、福は内、寝子島の節分祭

　椎井莉鳥が元カレたる北里雅樹に呼び出されたのは、少し前のことだった。

「今度の節分祭、一緒にどう？」
　珍しくそう誘ってきた北里に、特段予定もないからと応じた椎井。ところが、来てみると北里の姿はなく。
「時間は決めてたけど、そういえばあんまり場所とか決めていなかったわね」
　神社前としか決めてないのは、人手の多い今日としてはまずかったか、しまったな、と少し段取りの不足を悔やむ。

　思えば前と今では状況が異なる。
　元々は家が近所同士ということもあって、幼い頃からの付き合いだった。けれども現在はあちらは猫鳴館住まい、自分はシーサイドタウンの実家暮らしな上、こちらが一年留年してしまっている。ここ最近、めっきり顔を合わす機会をなくしていたから、つい昔の感覚が抜けぬままでいたらしい。以前ならば時間さえ決めておけば家の前で合流も可能だったのだから。
　デートではないので服装はカジュアル。来てみると仮装している人間もちらほらいて、あぁ、仮装可なんだっけと思い至る。きょろきょろと呼び出し人を探して視線をあちこちへ向けてみると――いた。何故か、ちゃっかりと豆まき役に紛れ込んでいるようだった。裃等はつけていないようだから、正式メンバーではないようだったが。

　北里が豆まき役になっていた理由は、なんのことはない、飛び入りだった。「神社前で待ち合わせな！」という言葉通り鳥居の前で暇そうにしていたところ、見知った氏子の一人からやってみないかと誘われたのだった。
「え？　俺が豆まき役？　俺まだ年男じゃないですよ？」

　――言ってはみたものの、例年の騒ぎっぷりは知っていたから、参拝客として巻き添えをくらうよりは、積極的に喰らわせる方がいいかもしれないと思い直し、承諾することとした。いって見れば、ただそれだけの動機。
　そして彼は今、その動機にたがうことなく、一般客を積極的に巻き込みに向かうスタイルをとっていた。主な目標は、ようやく姿を現したらしき椎井。
　チェスターコートにハイネックのセーター、スリムジーンズ。ものすごくよく似合った、でもやっぱり友人とのお出かけ以上の何物でもない恰好に、これなら遊べるか、と判断をつける北里。

「鬼発見！　情け無用ファイヤー！！」
　鬼なんかであるはずはなかったが――何せ誘ったのは北里だ――ここぞとばかりに距離をつめ一気に豆を投げつける。
「……あんた、こんなことしてただで済むと思ってる？」
　一瞬呆気にとられたような椎井はしかし、すぐさま口の端をゆがめて反撃に出てくる。主に北里が投げた豆を回収しては、投げつけてくるスタイル。

「そうこなくっちゃ！　遊ぼうぜ！」
「何まきこんでくれてるのよ」
　喜々として叫びながら投げつけあう二人。観客からやんややんやの歓声を浴びながら戦い続けた二人は、しばしの後、お互いの健闘を称え甘酒を酌み交わし恵方巻を頬張ることになるのであったが――そこに至るにはもう少しだけ、二人ともが楽しむ時間が必要であるようだった。