花の妖精のお手伝い～枯れ木に花を咲かせましょう～｜リアクション

花の妖精のお手伝い～枯れ木に花を咲かせましょう～

【アメとムチ】

「それにしても、とても愛らしいな。長い髪も綺麗だ。作られたものじゃない、自然の美しさを感じるよ」

　ただいま、千歳飴楓子は猛烈果敢にアタックしている真っ最中である。

　男に？
　ゲームキャラに？

　いや、妖精に。

「……っと、隠れないでくれ。不快な思いをさせてしまったか？　そう恥ずかしがらずに、もっと楓子にその姿を見せて欲しい」

　ちょっと涙目でぷるぷる震える、身長20cmの小さなお姫様。
　桜葉でつくられたワンピースから見てとれる、スリムながら美しいボディライン。
　桜の花びらでできた帽子から、長く伸びるライトブラウンの髪は艷やか。
　白くきめ細やかな肌。それこそ一滴の血の雫を落としたかのように赤い唇。
　そして怯えに潤むエメラルドグリーンの瞳。

　可憐。
　これを可憐と言わずにして、なにが可憐か。
　まさに妖精。これぞ妖精。

「その帽子を見るに……桜の妖精かな？　楓子は桜が好きなんだ。良ければお話でもしようじゃないか」

　いつも眠そうなだるさ感は月の裏側に飛んでいった。
　今こそがコンボをつなげるチャンス。
　千歳飴は、大胆かつ繊細に外堀を埋めていく。
　妖精を落とすために。

　出会いは偶然。いや、必然。

　学校の帰り道、スマホゲームに熱中しすぎて、張り出た木の根に躓き、幹に手をついた。
　その時、頭上から落ちてきたのだ。
　たなびくスカートを押さえた小さく可憐な妖精が。

　あの瞬間、限界突破した自分の反射神経を褒め称えたいと、千歳飴は思う。
　スマホを落とすこともなく、完璧に妖精をキャッチした。

　そのまま自宅まで拉致監禁、ではなくエスコート。
　今に至るのである。

「小さなレディ。そう怯えることはないだろう？　楓子はただ君と心ゆくまで話したい。それだけなのだよ。それとも、もしかして照れているのかい？」

　テーブルの上でふわりとワンピースを膨らませて座りこむ妖精に、優しく語りかけながら指をのばす。
　人差し指で髪にふれ、ゆっくりと撫でる。
　指先に感じる緊張と震えを解きほぐすように時間をかけて。

　しかし、その震えすら麗しい！

「……ふ。いけない人だね、レディ。そんなに煽るものではないよ。思わずもっと触れたくなるじゃないか」

　千歳飴の漏れ出るようなつぶやきに、さらに身をすくませる。
　しかし、千歳飴はこれだけで落とせると思っているわけではなかった。
　何事もアメとムチなのだ。ゲームも、口説きも、妖精も。

　さり気なく取り出す財布と小皿。
　財布から握り出す硬貨。小皿は妖精の前にセット。
　そしてろっこん『課金は蜜』を発動。
　小皿にむけて放った硬貨が、空中で蜂蜜となり黄金色の輝きと甘い香りを漂わせる。
　ここで初めて妖精は驚きと興味を示した。
　今も昔も妖精とは好奇心の塊なのだろう。たとえそれが罠だとしても。

「レディ、遠慮することはない。その蜂蜜は美味だよ。そう、まるで恋心のように甘く香り、心をも溶かすのさ」

　妖精の瞳に迷いが生まれる。
　かぐわしき黄金の蜜と、その底に沈む見え透いた罠を天秤にかける。

　千歳飴は、いつもの寝ぼけ眼が嘘のように熱くただれた視線で妖精を見つめ、溜息をつくように微笑む。

　さらにろっこん発動。
　小皿に盛り上がる甘く熱い蜜。

　妖精の美しい眉が苦渋に歪む。
　その乱れた表情に、千歳飴は熱い息を漏らした。

「ねぇ、レディ。楓子は何もしない、と誓おう。望むのは君との対話だけさ。だから……」

　悪魔のような囁きに、ゴクリと動く妖精の喉。
　それを見た千歳飴は、むしろ清らかと言ってもいいほどの声色でトドメの一言を告げた。

「君は心ゆくまで、その蜂蜜を口にしていいのだよ」

　妖精の我慢もここまでだった。

　この後、妖精が無事だったのかは定かではない。
　ただ千歳飴が躓いた河津桜には、例年程度の蕾がついていたようである。