花の妖精のお手伝い～枯れ木に花を咲かせましょう～｜リアクション

花の妖精のお手伝い～枯れ木に花を咲かせましょう～

【花咲カボチャ】

　キュルビス、サクラ好きデスヨ！

　河津さくらの並木を歩くキュルビス・ラムズイヤーは、ウキウキする気分を隠すことなく軽やかにスキップした。
　弾むオレンジ色のパンプキンヘッドも、心なしか笑っているように見える。

　年中ハロウィンを望んでやまないキュルビスだったが、別に他のイベントを否定しているわけではない。
　それはそれ、これはこれ。楽しいものは楽しいのだ。

　サクラってカワイーデスヨ！
　きれいでーひらひらしててーふわっとしている所が、とってもイイデス！

　そんな風に三分咲きの桜すら楽しめるキュルビスだから、すぐに気がついた。
　並木の中に一本だけあった、枯れ木のように元気がない河津桜に。

「どーしやがったんデス？　元気ネーデス？」

　楽しいことが好き。だから楽しくないことは見過ごせない。
　そんなささやかな気持ちが、小さな出会いを呼ぶことになった。

「……」
「……」

　木の枝に腰掛けている20cmほどの人影。
　葉でできているワンピースドレスに桜の花の帽子。
　お姫様みたいにきれいな顔に疑問符を張りつけて、キュルビスを見つめる目はどんぐりのように可愛らしかった。
　もしこの場に妖精を見ることができる人がいたならシュールな光景に笑うだろうか。
　ジャック・オー・ランタンと桜の妖精が見つめ合っている。

「グーテン・ターク！　キュルビスデスヨ！」
「！」

　再起動したのはキュルビスのほう。その元気な挨拶に引きずられたのか、妖精は目を瞬かせつつ頷き返した。

「元気ネーデスネ？　何かありやがりマシタカ」

　妖精は腕を組んで唸ったあと、首を振った。自分でもよくわかっていないいらしい。
　ただ、どこかしょんぼりと肩を落としている。
　キュルビスは少し考えてから、おっかなびっくり手を差し出した。
　小首をかしげてその手を見る妖精。

「そこにいても楽しくネーデスヨ。チョット散歩にツキアイやがれデス！」

　怖いならショーガネーデス……と呟く声が終わる前に、妖精はいとも簡単にその掌に飛び乗った。
　軽い。それこそ桜の花びらのように。
　それは同時に脆さも感じさせる。
　片手にのせたまま、ポケットから一粒チョコレートを取り出してあげてみた。

「元気がない時は甘い物デスヨ！」

　妖精は受け取ったチョコを眺めて包装紙の存在に気づき、剥がした中から出てきたこげ茶色の塊を見て、文字通り瞳を輝かせた。
　少しかじってニコニコ笑う。
　
　どうやら怖がらせてはいないらしい。

　キュルビスは慎重に妖精を頭の上にのせて、あるき出した。
　目には見えないけれど、耳に届く。パンプキンヘッドの上で拍手している。
　その響きは、まるで小さな子どもが肩車されているときにはしゃいでいるようで。

「楽しーデスカ？」

　応える響きは雄弁で、キュルビスも嬉しくなってくる。

「よしデス！　このまま『春』を探しに行くデスヨ！」

　頭に妖精を乗っけて、キュルビスは歩き出す。

　まわりは三分咲きの桜の並木。
　枯れ草から芽吹く小さくも若々しい雑草。
　日が当たる暖かな場所には、名も知らぬ羽虫。

　寝子島にはもう思ったよりずっと春の兆しが満ちていた。

「気持ちいいでやがりマスネ！」

　答えは何の言語かわからない、ハミングのような歌。リズミカルな手拍子。
　そのメロディに合わせて歩いて行く。
　通りかかる人たちには聞こえないだろう、妖精の歌。
　しかし、その音楽はキュルビスの軽やかなステップで視覚化される。
　踊るように歩くパンプキンヘッドの女の子。それはまるで季節外れのハロウィン・パレードのよう。

　いつの間にか手拍子が消えてしまったことにキュルビスが気がつくまで、二人のパレードは続いたのだった。

　後日。
　『踊り狂う花咲かカボチャ』という摩訶不思議な都市伝説が寝子島に生まれた。
　事実、その怪異が踊っていたという道筋の桜並木は「1本残らず」見事な満開だったという話である。